弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

無断録音、「法的に問題ナシ」と断定していいのか?

1.無断録音の法的問題

 ネット上に、

「吉本社長『テープ回してないやろな』発言が波紋 『無断で録音』法的には問題ナシ」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_9915/

 記事の、

「こっそり上司の言動を録音した場合、裁判の証拠として有効なのでしょうか。」

との質問に対し、回答者の弁護士は、

「私自身、パワハラの裁判などで無断録音を証拠として提出したことは何度もありますが、その証拠能力が争いになったことはありません

と述べています。

 これが記事の表題の

「『無断で録音』法的には問題ナシ」

に繋がっているのではないかと思います。

 しかし、労働事件において、無断録音が裁判で問題になることは、絶無というわけではありません。

2.証拠能力が否定されたケース

 例えば、無断録音の証拠能力が否定されたケースがあります。

 東京高判平28.5.19ジュリスト1496-4です。

 この事案はハラスメントに関係する損害賠償請求事件です。

 ハラスメント防止委員会の審議内容を無断録音したCD-ROM(本件録音体)の証拠能力が問題になりました。

 この事件で、裁判所は、

「委員会の審議内容の秘密は、委員会制度の根幹に関わるものであって、特に保護の必要性の高いものであり、委員会の審議を無断録音することの違法性の程度は極めて高いものといえること、本件事案においては、本件録音体の証拠価値は乏しいものといえることに鑑みると、本件録音体の取得自体に控訴人が関与している場合は言うまでもなく、また、関与していない場合であっても、控訴人が本件録音体を証拠として提出することは、訴訟法上の信義則に反し許されないというべきであり、証拠から排除するのが相当である。

と判示して無断録音の証拠能力を否定しました。

 上記判示に含まれている

「本件録音体の証拠価値は乏しいものといえる」

という記述は、

「委員会は審議の結果に対して責任を持つものであり、審議中の具体的討議の内容はその過程にすぎないものであるから、結論に至る過程の議論にすぎない本件録音体の内容は、・・・事案の解明において、その証拠としての価値は乏しい」

といった判示事項を受けての判断です。

3.録音禁止命令違反を解雇事由の一つとして考慮したケース

 また、無断録音は解雇理由として議論の対象になることもあります。

 紛争実例としては、東京地立川支判平30.3.28労働経済判例速報2363-9甲社事件があります。

 この事件で、被告会社側は、

「原告がボイスレコーダーを会社敷地内で持ち歩いていることを知った他の従業員は、原告と必要なコミュニケーションを取れなくなるだけではなく、『いつ自分の声が録音されているか分からない』という状況になった。そのため、社員同士でのコミュニケーションが非常に取りづらくなり、職場の雰囲気、職場環境が非常に悪くなり、円滑な業務遂行に支障を招きかねない状況となった。そのため、被告は、原告に対し、職場内での録音禁止を指示した。」
「しかし、原告は、自身で録音をやめるように頼んでやめてもらったことがあるにもかかわらず、録音禁止の指示に従わなかった。被告は、原告に対し、譴責処分を行ったが(甲20,乙54)、原告は、今後とも録音機を使用し続ける旨記載した『始末書』(乙55)を提出した。」

といった事実などを普通解雇事由として主張しました。

  これに対し、裁判所は、

「 原告は、被告において、就業規則その他の規定上、従業員に録音を禁止する根拠がないなどと主張する。しかし、雇用者であり、かつ、本社及び東京工場の管理運営者である被告は、労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、被用者である原告に対し、職場の施設内での録音を禁止する権限があるというべきである。このことは、就業規則にこれに関する明文があるか否かによって左右されるものではない。」
「また、原告は、録音による職場環境の悪化について、具体的な立証がないなどと主張する。しかし、被用者が無断で職場での録音を行っているような状況であれば、他の従業員がそれを嫌忌して自由な発言ができなくなって職場環境が悪化したり、営業上の秘密が漏洩する危険が大きくなったりするのであって、職場での無断録音が実害を有することは明らかであるから、原告に対する録音禁止の指示は、十分に必要性の認められる正当なものであったというべきである。」
「さらに、原告は、被告において秘密管理がなされていなかったとして、録音を禁止する必要性がなかったなどと主張する。しかし、被告が秘密情報の持ち出しを放任しておらず、その漏洩を禁じていたことは明らかであり(就業規則(乙2)7条、C1証人8~9頁)、原告が主張するような一般的な措置を取っているか否かは、情報漏洩等を防ぐために個別に録音の禁止を命じることの妨げになるものではないし、そもそも録音禁止の業務命令は、上記によれば、秘密漏洩の防止のみならず、職場環境の悪化を防ぎ職場の秩序を維持するためにも必要であったと認められるのであって、原告の主張は、採用することができない。」
「以上からすれば、原告は、被告の労働契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づき、上司らから録音禁止の正当な命令が繰り返されたのに、これに従うことなく、懲戒手続が取られるまでに至ったにもかかわらず、懲戒手続においても自らの主張に固執し、譴責の懲戒処分を受けても何ら反省の意思を示さないばかりか、処分対象となった行為を以後も行う旨明言したものであって、会社の正当な指示を受け入れない姿勢が顕著で、将来の改善も見込めなかったといわざるを得ない。このことは、原告が本人尋問において、仮に復職が認められても、原告から見て身の危険があれば、録音機の使用を行うと表明していること(原告本人34頁)からも顕著である。」

などと判示し、普通解雇の有効性を認めました。

 無断録音の点だけが解雇事由を構成しているわけではありませんが、無断録音が消極的な評価を受けた実例といえるのではないかと思います。

4.基本的には問題にならないにしても、問題ナシと決めつけてかかるのは危険

 個人的には、職場のような公共空間においては、基本的に録音されて困るようなことを言う方に問題があるのであり、ハラスメントを証拠化するための無断録音にそれほど大きな倫理的な問題があるとも思っていません。

 また、私自身の実務経験に照らしても、後の交渉や法的手続で証拠として用いるために、 ハラスメントを受けている場面を無断で録音したところで、それが問題視されることは、それほど多くはないだろうと思います。

 しかし、自分が出席しているわけでもない会議体の審議を無断録音したり、これみよがしに職場内で録音機を持ち歩いたりすることには、法的に問題ありと評価される可能性があります。

 ハラスメントに関しては、証拠化する段階から弁護士への相談を行い、録音をする場面やタイミングについて、予め打ち合わせをしておくと良いと思います。

 少なくとも私なら、少数でも問題になった事例があることを踏まえ、問題化するリスクを最小限に抑えるためにはどうすれば良いかといった観点からのアドバイスを行います。

 ハラスメント関連事案で無断録音するにしても、適切な専門家に相談の上で実施すれば、より足元をすくわれにくい形で発言の証拠化を図ることができるのではないかと思います。