1.管理監督者にふさわしい報酬
管理監督者には時間外勤務手当を支払わなくてもよいことになっています(労働基準法41条2号参照)。俗に、「管理職には残業代が支給されない」といわれる所以です。
この管理監督者への該当性は、大雑把に言うと、
① 当該者の地位、職務内容、責任と権限からみて、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあること
② 勤務態様、特に自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
③ 一般の従業員に比してその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること
の三つの観点から判断されます。
https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/shogu/kantoku.html
①、②の要素は比較的分かりやすいのですが、③の要素は、その外縁がどこにあるのかが判断しづらいように思います。
具体的には、
管理監督者と認められるには絶対的な意味で高い賃金が与えられている必要があるのか、
絶対的な金額はそれほど高くなくても事業所の中で相対的に高い賃金をもらっていれば管理監督者と認められるのか、
といったことが判然としません。
絶対的な観点と相対的な観点を組み合わせて判断しているように見えはするのですが、幾らくらいがボーダーになるのかを聞かれても、歯切れのよい回答をすることができません。
そのため、処遇に関する見通しの精度を上げるには、裁判例が出る都度、これをフォローして、感覚を磨いて行くよりほかないのだと思ってます。
近時の公刊物に、管理監督者性が争点の一つとなった裁判例が掲載されていました。
横浜地判令元.10.10労働判例ジャーナル94-52ロピア事件です。
2.横浜地判令元・10.10労働判例ジャーナル94-52ロピア事件
この事件はスーパーマーケットを懲戒解雇された従業員が、地位確認、解雇以降の賃金、時間外勤務手当等を請求した事件です。
時間外勤務手当の請求の可否、金額を判断するにあたり、原告の管理監督者性が問題になりました。原告に対する処遇は、理論年収500万5000円、一般職の上限との比較で年収はプラス30万円といったものでした。
裁判所は次のとおり述べて、原告の方の管理監督者性を否定しました。
(裁判所の判断)
「原告は、被告入社から退職までの間、精肉事業部のチーフの下で勤務し、その間に担当した業務は、一般従業員と同様、あくまで精肉加工・販売にかかわる実作業に過ぎず・・・、人事や予算に関して具体的な権限が与えられていたなどの事情は一切見当たらないことから、原告には、実質的に経営者と一体的な立場にあるといえるだけの重要な職務と責任、権限を付与されていたとは到底認められない。」
「また、原告に出退勤時刻についての自由があったと認めるに足りる証拠はなく、かえって、原告は、出退勤に際して毎回タイムカードを打刻し、被告がこれを管理していた・・・。」
「報酬においては、給与は理論年収500万5000円、月額支給額はグレード給35万円及び扶養手当と通勤費であり、賞与及び特別賞与として合計40万円が支払われるなど・・・、一般職と比較すれば若干の優遇を受けていたといえるが、その差額は一般職であるグレード4の上限と比較しても、年間30万円程度に満たない金額であり・・・、管理監督者にふさわしい報酬と評価できるものではない。」
「以上によれば、原告が労働基準法条の管理監督者に該当するとは到底認められない。」
3.年収の絶対値でダメだとされたのか、一般職上限との差が30万円でしかなかったことからダメだとされたのか
裁判例が500万5000円という額に着目したのか、一般職上限との差が30万円に留まっているという点に着目したのか、その両方なのかはあまり良く分かりません。
しかし、こうした裁判例の存在から、
① 年収500万円程度の人が、管理監督者・名ばかり管理職ではないとして声を上げることは別段おかしなことではない、
③ 一般職から管理監督者に昇進するにあたり、給料の増分が30万円以下であれば問題にしてゆける可能性がある、
といった限度のことであれば、言っても良いように思います。
待遇は考慮要素の一つであり、それだけで勝ち切れるというものでもありませんが、もし、似たような処遇で時間外勤務手当等が支払われないという問題に直面している方がおられましたら、ぜひ、ご相談をお寄せ頂ければと思います。