弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

問題点のみ言いっ放しにして、法律の趣旨を伝えない法律解説記事

1.短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律

 「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」という名前の法律があります。

 この法律の8条は、以下のとおり、短期間・有期雇用労働者と通常の労働者との間に不合理な待遇差を設けることを禁止しています。

(不合理な待遇の禁止)
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

 また、この法律の9条は、以下のとおり、通常の労働者と同視すべき短期間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いを禁止しています。
(通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者に対する差別的取扱いの禁止)
第九条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第十一条第一項において「職務内容同一短時間・有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。

 ネット上に、この法律の8条、9条の趣旨についての解説に言及した記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200107-00000002-moneypost-bus_all

 しかし、記事は法律の趣旨を適切に伝えていないように思われます。真に受けて権利の行使を断念してしまう人が出ないように、弁護士としての見解を記載しておきたいと思います。

2.正社員としての待遇を下げることで格差是正を図ることができるか

 記事でこの法律を解説している社会保険労務士の方は、

「非正規雇用の待遇を上げるのではなく、正社員の待遇を下げることで格差是正を図る企業も出てくると予測されます。すでに家族手当や住宅手当の縮小を始めている企業があり、その分、正社員の手取り給与は減っている。同じように、正社員向けの福利厚生制度も多くの会社で削減される見込みです」

と述べています。

 しかし、法専門家がここで解説を止めてしまうのは、不適切であるように思われます。

 この法律は「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」(いわゆる「働き方改革関連法」)として成立したものです。

 働き方改革関連法には参議院厚生労働委員会で附帯決議がされています。同附帯決議の第32号は、

パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の三法改正による同一労働同一賃金は、非正規雇用労働者の待遇改善によって実現すべきであり、各社の労使による合意なき通常の労働者の待遇引下げは、基本的に三法改正の趣旨に反するとともに、労働条件の不利益変更法理にも抵触する可能性がある旨を指針等において明らかにし、その内容を労使に対して丁寧に周知・説明を行うことについて、労働政策審議会において検討を行うこと」

と規定しています。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/196/futai_ind.html

https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/196/f069_062801.pdf

 これを受け、厚生労働省告示第430号(いわゆる「同一労働同一賃金ガイドライン」)は、

短時間・有期雇用労働法及び労働者派遣法に基づく通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等の目的は、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者の待遇の改善である。事業主が、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等に対応するため、就業規則を変更することにより、その雇用する労働者の労働条件を不利益に変更する場合、労働契約法(平成 19 年法律第 128 号)第9条の規定に基づき、原則として、労働者と合意する必要がある。また、労働者と合意することなく、就業規則の変更により労働条件を労働者の不利益に変更する場合、当該変更は、同法第 10条の規定に基づき、当該変更に係る事情に照らして合理的なものである必要がある。ただし、短時間・有期雇用労働法及び労働者派遣法に基づく通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等の目的に鑑みれば、事業主が通常の労働者と短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者との間の不合理と認められる待遇の相違の解消等を行うに当たっては、基本的に、労使で合意することなく通常の労働者の待遇を引き下げることは、望ましい対応とはいえないことに留意すべきである。

と規定しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190591.html

https://www.mhlw.go.jp/content/11650000/000469932.pdf

 正社員の待遇切り下げで格差是正を図ることを法は意図していません。正社員の待遇の切り下げによる格差是正は、その全てが違法というわけではないにしても、法改正の趣旨に反していることは明らかです。法専門家として解説を加えるのであれば、この点への言及は欠かすべきではないだろうと思います。一般の方が記事を読んだ時に、労働条件の引き下げによる格差是正が許容されているものだと誤読することを防ぐためです。

3.定年後再雇用との関係

 また、記事には、

「リタイア後、再就職や再雇用で勤務日数を減らし、のんびり働きたいというニーズは叶えられなくなる可能性がある。同一労働同一賃金対策をやるよりも、パートや契約社員を全て正社員とし、かつ、定年も引き上げる会社が増えれば、フルタイムと同様の勤務形態だけが残ります。そうした動きがすでに出始めています」(稲毛氏)

とも書かれています。

 しかし、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律は、のんびり働きたいというニーズに干渉するものではありません。

 上述の同一労働同一賃金ガイドラインは、定年に達した後に継続雇用された有期雇用労働者の取扱いについて、次のとおり規定しています。
「定年に達した後に継続雇用された有期雇用労働者についても、短時間・有期雇用労働法の適用を受けるものである。このため、通常の労働者と定年に達した後に継続雇用された有期雇用労働者との間の賃金の相違については、実際に両者の間に職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情の相違がある場合は、その相違に応じた賃金の相違は許容される。
「さらに、有期雇用労働者が定年に達した後に継続雇用された者であることは、通常の労働者と当該有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合理と認められるか否かを判断するに当たり、短時間・有期雇用労働法第8条のその他の事情として考慮される事情に当たりうる。

 職務の内容の差に応じて労働条件に差を設けることは禁止されていませんし、定年後再雇用であることは労働条件格差の合理性を判断するうえでの考慮要素になります。

 別段、法は不合理な差別を止めろと言っているだけで、定年後再雇用者が柔軟な働き方を選択する余地を封じているわけではありません。同一労働同一賃金ガイドラインの上記の部分に言及しないのも、ミスリードを誘うのではないかと思います。

4.「もっと働かないなら辞めてください」は可能なのだろうか

 記事には、

「再雇用やパートで働く人の負担が増える可能性がある。特に人手が少なく正社員を増やす余裕がない中小企業では顕著でしょう。残業規制で正社員の労働時間を月10~20時間減らす職場は、それまで週3日勤務だったパート労働者などに4日勤務をお願いするなどして、労働力を確保するしかない。その結果、今までは“家庭を優先して週3日勤務”という働き方をしていた女性が“勤務時間を増やせないなら別の人を雇う”と言われてしまう可能性が出てくるのです」(稲毛氏)

と書かれています。

 しかし、「もっと働かないなら辞めてください。」との理由で、週3勤務で労働契約を交わしている従業員を解雇することが果たして可能なのだろうかと思います。

 週3勤務の契約である以上、それ以上の勤務を指示されたところで、これに従う契約上の義務があるわけではないと思います。

 週3以上の勤務に従えないからとの理由での解雇は、労働者の側に非があるわけではなく、整理解雇(経営上の理由による人員削減のための解雇)とみるよりほかないだろうと思います。

 整理解雇の有効性は、①人員削減を行う経営上の必要性、②使用者による十分な解雇回避努力、③被解雇者の選定基準およびその適用の合理性、④被解雇者や労働組合との間の十分な協議等の適正な手続、という4つの観点から判断されます。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/10/90.html

 人手が足りないのだから、週3勤務の方を解雇することに関しては、①の人員削減を行う経営上の必要性からして疑義が生じてきます。

5.勤務先の動向を注視する必要があるというのであれば、どのような観点から注視する必要があるのかを付記するのが適切ではないか

 記事は、

「働き方のデザインだけでなく、老後の生活資金計画や年金受給額にも大きく関わる変更だけに、勤務先の動向を注視する必要がある。」

と結んでいます。

 しかし、記事にあるような形で言いっ放しにしては、読者は何を注視したらいいのかが分からず、徒に危機感が煽られるだけではないかと思います。

 労働条件の切り下げによる格差是正に関しては参議院厚生労働委員会の付帯決議・同一動労同一賃金ガイドラインの趣旨に沿ったものなのかを注視することができます。

 定年後再雇用の制度改変に関しては、同一労働同一賃金ガイドラインが必ずしも制度改変を求めるものではないことを前提としたうえ、それが労働者にとっての選択肢の幅を狭める形で行われないか(労働条件の不利益変更に該当しないか)を注視することが考えられます。

 「もっと働かないなら辞めてください。」の問題に関しては、整理解雇の要件などとの関係で、その適法性を検討する余地があります。

 問題点だけ指摘して、法的にどのような観点からの対応が可能なのかに言及しない解説記事を一般の方向けに公開することには、もう少し慎重になった方が良いのではないかと思います。どうにもならないと誤解して、諦めてしまう人が出かねないからです。