弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

始末書に書く事実認識は、会社の事実認識と一致するように忖度しなければならないのか?

1.会社が正解を想定したうえで始末書を提出させる行為

 会社が既に一定の事実認識を持っているにもかかわらず、労働者に対して事実認識を記載した始末書を提出するように求めることがあります。

 ここで会社の事実認識と異なる事実認識を示すと、虚偽の事実を述べた・真摯な反省を示していないなどと論難し、労働者に懲戒処分を課してくるだろうと推測されます。

 労働者側の非違行為を殊更に作り出す手法ですが、こうしたやり方で懲戒処分を行うことは許容されるのでしょうか。

 この点が問題となった事案に、京都地判平30.10.24LLI/DB判例秘書登載があります。

2.京都地判平30.10.24LLI/DB判例秘書登載

 本件で被告になったのは、自動車販売等を事業内容とする株式会社(京都トヨペット株式会社)です。

 原告になったのは、自動車整備士として被告で働いていた方です。被告から懲戒解雇処分を受け、その効力を争って地位確認等を求める訴訟を提起しました。

 原告が懲戒解雇処分を受けた経緯は次のとおりです。

 原告には過去2回に渡る懲戒処分歴がありました。

 一度目は職場の歓送迎会の二次会の席において同僚職員(訴外E)に火傷を負わせた件です。この件で原告は謹慎7日間の懲戒処分を受けました(第1懲戒処分)。

 二度目は20万円で売却した訴外E所有の車両について、代金が5万円であったと訴外Eに真実と異なる事実を述べたことです。この件で原告は謹慎12日間の懲戒処分を受けました(第2懲戒処分)。

 その後、被告が、

「正当な理由なく出社しない行為(本件懲戒処分の対象行為①)」

「第1懲戒処分の行為と同一の後輩社員を被害者とする第2懲戒処分の行為に関し、被害者への謝罪を行わず、顛末書のごとくの経緯記載と言い訳に終始し、かつ事実と異なる記載をした始末書を提出し、再度の始末書の提出の要請に応じないなど、真摯な反省を示さない行為(本件懲戒解雇処分の対象行為②)」

「第2懲戒処分に関する事情聴取において、故意に虚偽の事柄を述べ、かつ社外の関係者に対して口裏を合わせるために虚偽の事柄を述べるよう働き掛けた行為(本件懲戒解雇処分の対象行為③)」

を理由に原告を懲戒解雇処分にしたという経緯です。

 裁判所は次のとおり述べ、原告の始末書の提出行為は懲戒事由に該当するとまではいえないとしたえ、懲戒解雇処分の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

-対象行為②について-

「被告会社は、第2懲戒処分の対象行為につき、被害者(訴外E)に対して謝罪を行わず、平成26年7月11日付け始末書・・・を提出するに止まり、真摯な反省を示さない行為が、就業規則77条9号に該当する旨主張する。」
「しかしながら、原告が提出した平成26年7月11日付け始末書・・・の内容は、訴外Eの供述がかなり変遷していると被告Bも同年2月8日時点で既に認識していたこと・・・等の事情も踏まえると、原告本人の弁解ないし責任回避の言い訳を書き連ねたのではなく、理解可能な原告本人なりの認識を前提に作成されており、その範囲では真摯な反省を表明していると解釈すべきであり、被告会社の求める内容が書かれていないとしても、真摯な反省を示さないとまではいえない。したがって、被告会社の上記主張は採用できず、懲戒事由に該当するとまでは認められない。」
-対象行為①について-
「次に、被告会社は、原告が平成26年7月7日及び11日に出社したものの、持参するよう指示していた書類(診断書及び始末書)を用意しておらず、その後は被告会社からの出社要請に対しても正当な理由なく応じなかったとして、就業規則77条1号、9号に該当する旨主張する。」
「しかしながら、原告が提出した平成26年7月11日付け始末書・・・の内容につき、理解可能な原告本人なりの認識を前提に作成されていると解釈すべきであることは前記・・・判示のとおりであり、被告会社側の求める内容と異なるからと言って、内容不備の始末書として取り扱うのは相当でない。したがって、平成26年7月11日付け始末書・・・及び作成日付けの訂正された診断書の提出をもって原告の就労を認めるべきであったのに、これと異なる対応を行い、それを前提とした『正当な理由なき出社拒否』と評価するのは相当でなく、やはり懲戒事由該当性を欠くというべきである。これに対し、被告会社は就労拒絶をしていたわけではない旨主張するが、被告代理人作成の平成26年7月20日付けファックス文書・・・を読むと、同月11日付け始末書・・・をそのままに就労させる趣旨は述べていないと解されるから、採用できない。」

3.始末書は真摯にさえ書けば、会社の事実認識と一致している必要はない

 非違行為をして始末書を徴求された時、労働者は難しい立場に置かれます。会社が一定の「正解」を用意している時は猶更です。

 会社に迎合して不利益な事実を認めると、その事実を前提に重い処分を課されることになりかねません。他方、自分の事実認識を譲らないと、それが会社の事実認識と異なる場合に、嘘をついているなどと論難され、やはり重く処分されかねません。

 どちらにせよ一定のリスクがあるのであれば、基本的には会社の意向に迎合したり、会社の意向を忖度したりする必要はないだろうと思います。本件のように真摯に事実認識を書いたものである限り、反省の気持ちがないなどと短絡的な認定に至ることは考えにくいからです。

 とはいえ、始末書を徴求された場合にどのような内容を書くのかは、その後に予想される懲戒処分とのかねあいで判断の困難な問題であることは確かです。

 こうした場面に直面した時には、弁護士等の法専門家にきちんとアドバイスを求めておくことをお勧めします。