弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

つながらない権利-法制化は必要か?

1.つながらない権利

 ネット上に、

「会社と『つながらない権利』法制化を急げ 休日深夜対応で不眠や健康被害拡大」

との記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191109-00000502-fsi-bus_all

 記事には、

「NTTデータ経営研究所が5月、正社員として働く20歳以上の1110人を対象にインターネットを通じて実施。業務時間外の深夜や休日などに緊急性のない電話やメールに週1回以上対応していると回答したのは165人いたという。約15%が緊急性のない事態に対応したことになる。また、別の会社では休日でも対応できたかということが査定項目に入っており、男性社員がほどなくして精神を病んでしまったという報告もある。フランスでは、2017年に業務時間外に会社から仕事の連絡があっても労働者側が拒否できる『つながらない権利』を定めた法律が施行されたそうだ。」

「『つながらない権利』は、ICT活用のルールづくりをどう考えるかという問題ではないだろうか。」

などと書かれています。

2.法制化がなければ、つながらない権利はないのか?

 記事の論者が言う「つながらない権利」が業務時間外の電話やメールに対応する義務を負わないことを指しているのであれば、そのようなものの法制化は必要ないと思います。業務時間外の電話やメールに対応する義務を負わないことは、法制化を待つまでもなく当たり前のことだからです。

 使用者が労務の提供を受けられる時間は、労働契約によって定められています。残業や休日労働として命令を受け、対価が払われる場合であればともかく、その日の労務提供を終えて帰宅した後や休日に、単に一方的に送りつけられてくる連絡に対応する義務がないことは、契約の性質から当然のことであって、法制化がなければ認められない類のことではありません。

3.つながりを強制されている場合、膨大な額の残業代を請求できる可能性がある

 記事には、

「別の会社では休日でも対応できたかということが査定項目に入っており、男性社員がほどなくして精神を病んでしまったという報告もある。」

と書かれています。

 こうした会社で働いている人は、膨大な残業代を請求できる可能性があります。 

 最一小判平12.3.9労働判例778-14 三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件は、

「労働基準法上の労働時間・・・とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。」

と判示しています。

 要するに、契約外の時間であったとしても、事実上、使用者の指揮命令に置かれていれば、その時間は残業代請求のカウントになるということです。

 そして、最一小判平14.2.28労判822-5大星ビル事件は、

「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。」
「そこで、本件仮眠時間についてみるに、前記事実関係によれば、上告人らは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。したがって、上告人らは、本件仮眠時間中は不活動仮眠時間も含めて被上告人の指揮命令下に置かれているものであり、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというベきである。」

と判示して仮眠時間の労働時間制を認めています。

 「休日でも対応できたかということが査定項目」に入れたうえ、休日にも業務上の指示を大量に送り付けていたとすれば、労働からの解放が保障されているとはいえないため、休日が全て労働時間としてカウントされてくる可能性があります。電話に対して直ちに相当の対応がなされなければならないのであれば、眠っていたとしても労働時間に該当する可能性があるというのが判例の立場です。

 精神を病んでしまっては、幾らお金(残業代・損害賠償金)をもらっても元も子もないという面はあると思いますが、記事にある報告が事実だとすれば、かなりの金額を請求できる可能性があると思います。

 こうした事態が労務管理上の非常に大きなリスクとして認識されているため、普通の会社では業務時間外のメールに対応することを義務とすることはしていないと思いますし、余程順法意識と危機感に欠けている会社でない限り、休日に対応できたかを査定項目に組み入れるような恐ろしいことはしないのではないかと思います。

4.法制化されていない現状でも、つながらない権利は導けるのではないだろうか

 つながらない権利が、業務時間外の連絡に無償で応じることを断る権利という意味であるならば、法制化を待つまでもなく、現行法下でもそうした権利はあります。

 法制化がなければ断れないと誤解されることのないよう、ご注意ください。