1.高額の損害賠償請求の認容事例
一般論として、業務に起因して鬱病になったからといって、何千万円もの損害賠償が認められる例は稀だと思います。
そうした稀な事案が近時公刊された判例集に掲載されていました。
札幌地判平31.3.25労働経済判例速報2392-14甲研究所事件です。
ここまで高額の損害賠償が認容されたのは、会社が復職時の対応を誤ったからです。休職からの復職をめぐる紛争実例は多く、高額の損害賠償請求を許容した対応がどのようなものだったのかは、同種事案の処理にあたり参考になります。
2.事案の概要
(1)事案の概要
本件で被告となったのは、官公庁等からの受託調査研究、株式会社Cからの業務委託及び経営コンサルティングを主な業とする株式会社です。
原告となった方は、平成8年4月1日付けで被告に採用された正社員の方でした。
原告は平成18年1月20日に鬱病を発症しました。
その後、平成25年7月9日、原告は札幌中央労働基準監督署長宛てに労災認定の申請を行いました。これを受けて、平成26年1月30日、原告の申請を受けた同署長は、原告の疾病を労度災害として認定しました。
これによって填補されなかった分の損害の賠償を求めて、原告が被告を訴えたのが本件です。
労災認定が認められるポイントになったのは、平成17年8月と同年10月の労働時間を比較したところ、同年10月にかけて飛躍的に業務時間が増えていた点にあります。同年10月は時間外労働時間が100時間を超えていたうえ、同年8月の倍以上になっていました。こうした仕事内容・仕事量の大きな変化による心理的負荷が「強」と評価されたことが、業務起因性が認められた主な要因でした。
平成18年11月、原告は、それ以前の勤務時間の半分で職務に復帰しました。その際、被告は、原告の基本給と主任加算給の合計額を半減させました。また、平成23年4月13日、同月21日、同年5月2日に被告は原告に退職勧奨を行いました。給料が半減した状態は、平成26年5月に原告が休職するまでの間継続し、同月からは無給となりました。
本件では上記のような被告側の対応が、安全配慮義務違反を構成しないかが問題となりました。
(2)裁判所の判断
裁判所は次のとおり判示し、被告の安全配慮義務違反を認めたうえ、
昇給が遅れた分の損害について、1000万0000円、
給与自体の減額分について、2126万9283円、
の支払を命じました。
-安全配慮義務違反について-
「被告会社が不当に減給した事実・・・及び共済掛金を納付しなかった事実と、被告らが原告に退職を迫った事実が認められるといえる。
ただし、不当に減給した事実は、本件の事実関係及び証拠上、それにより原告のうつ病を悪化させたとは認められない。
したがって、被告らが安全配慮義務違反に問われるのは、退職を迫った点についてのみであると解する。」
-昇給が遅れた分の損害について-
「原告の勤務日数、勤務時間が減少した結果、仕事量が減ったことには争いがなく、原告の(昇給における)評価についてもうつ病にならなかった場合に比して低くなっていたであろうことは推認できる。
そして、うつ病の原因が業務に起因することは上記1で認定したとおりであり、そのうつ病が、症状固定することなく続いていたと認められる。
もっとも、乙35によれば、原告に限らず被告会社の従業員について、必ずしも昇給表のとおりに定期昇給していたとは認められない。これに加え、・・・原告の仕事の進め方によれば、周囲の協力、助言等を取り入れて業務の効率化を図るような性格ではなく、事務処理の速度も決して早かったとはいえないことが認められることも踏まえると、本件では、原告が昇給表のとおり昇給していたと認めるに足りないというべきである。
以上の状況からすると、損害額について判然としないことから、弁論の全趣旨により、本件口頭弁論終結時までの原告の損害については、1000万円と認めるのが相当である。」
-給与自体の減額分について-
「原告は、平成18年に復職してから平成26年5月に休職するまでの間、基本給と主任加給の合計額の半分を減額されてきている。この減額は、業務に起因するうつ病により原告の勤務時間が減少したことによるものであるから、損害となる。
また、同年6月から口頭弁論終結日(平成31年1月9日)までの間は、給与が支払われていないから、その分も損害となる。」
一方で、原告は、労災認定を受けた結果、休業補償金、傷病手当及び休業(補償)給付金を受領しているから、当該金員を控除する。
以上に基づき計算すると、別紙5のとおり2126万9283円を損害と解する。」
3.稼働能力の不十分な状態の従業員を復職させるにあたり、処遇を切り下げること自体は不合理ではないが・・・
従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したとまではいえない状態の従業員を復職させるにあたり、労働条件を切り下げることは、それ自体が不合理とされているわけではありません。
裁判所も、
「平成21年1月分までは、原告の勤務日数が制限されていたこと・・・及びその後、勤務日数は増加していったものの、勤務時間について午後出勤など勤務時間について調整をしていたこと・・・が認められるから、その勤務日数・時間に応じて給与を減額すること・・・は理解できるものの、被告会社は、勤務日数及び時間数に応じた割合で減額を行なわず、また、同年2月以降の就業時間も半減していたとはいえなかったにもかかわらず、一律に半額にし続けており、そこに合理的な理由は見いだせない。
また、本件では、原告が稟議書・・・に捺印していることについては当事者間に争いがないところ、同稟議書の給与の項目には出勤日数の案分での給与を支払うことを願う旨が記載されていて、一律に半額を減給する合意が成立していたとも認められない。」
と勤務日数や時間に応じた形に給料を減額したり、それを個別同意したりすることまで否定しているわけではありません。
しかし、労働条件の切り下げは理屈に基づいている必要があります。合理性を欠く形での労働条件の不利益変更を、一方的に押し付けることはできません。
本件の被告は勤務日数や時間に比例するのではなく、一律に給与を半分にするといった乱暴な対応をとりました。結果、それが損害として理解されることになり、上記のような高額の賠償金を払うことが命じられました。
休職からの復職の場面では、しばしば退職圧力が強まるという現象がみられます。
不合理な労働条件の切り下げを押し付けられた方がおられましたら、一度弁護士のもとに相談に言ってみることをお勧めします。
一般論として、古い事件は、それだけで処理しにくいとは思いますが、本件のように相当以前の給与の改定であったとしてもも、問題にできる可能性があるからです。