弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

神戸市教員間暴行・暴言問題-給与差止条例の合法性

1.給与差止条例

 ネット上に、

「加害教員が給与差し止め不服で審査請求 教員間暴行」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191108-00000013-kobenext-soci

 記事には、

「神戸市立東須磨小学校(同市須磨区)の教員間暴行・暴言問題で、市の条例改正で『分限休職処分』を受け、給与を差し止められた加害教員4人のうち30代の男性教員1人が、処分を不服として取り消しを求め、市人事委員会に審査請求したことが8日、関係者への取材で分かった。男性教員側は『職員の意に反した休職について、刑事事件で起訴された場合に限る地方公務員法の委任範囲を超えている。身分保障の観点から適当ではない』などと、市の対応を批判している。」

「市は、加害教員4人に有給休暇を取らせていることに市民らの批判が殺到したため、4人の給与差し止めを念頭に条例を改正。分限休職処分の対象に職員が重大な非違行為を犯し、起訴される恐れがある場合などを追加した。市教育委員会が諮問した職員分限懲戒審査会は『一部教員は起訴される蓋然性(確実性の度合い)が非常に低い』などとし、4人への改正条例適用を『不相当』と判断。だが、市教委は10月31日から4人を分限休職処分とし、給与を差し止めた。」

「男性教員側は、審査請求書で改正条例について『「重大な」「恐れ」など、極めて抽象的な文言で休職事由を拡大している』とし、『仮に条例が有効だと解する余地があるとしても、さかのぼって適用するのは違法』と断じている。」

「同処分の手続きでは、そもそも『処分対象となる行為を知らされていない』などとし、弁明の機会が保障されていないと主張。市教委が処分説明書に記載した地方公務員法の根拠条文に誤りがあることも指摘している。処分自体も『暴行・暴言の期間や頻度が異なる他の加害教員と一律に行っている』と問題視する。」

などと書かれています。

 既に記事の中で幾つかの指摘がされていますが、こうした条例を定めることが法的に可能なのかは、理論的な観点から興味があります。

2.なぜ、条例が必要であったのか

 地方公務員法28条2項は、

「職員が、左の各号の一に該当する場合においては、その意に反してこれを休職することができる。
一 心身の故障のため、長期の休養を要する場合
二 刑事事件に関し起訴された場合」

と規定しています。

「職員が重大な非違行為を犯し、起訴される恐れがある場合」

というのは一号の事由にも二号の事由にも該当しません。起訴された場合と起訴される恐れがある場合とは意味内容が全く違うからです。

 したがって、地方公務員法28条2項に基づいて加害教員を休職処分にすることはできません。

 加害教員を休職処分にしようと思えば、地方公務員法28条2項とは異なる法律上の根拠が必要です。

3.条例で休職処分の要件を記述することができるのか

 地方公務員法27条2項は、

「職員は、この法律で定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、若しくは免職されず、この法律又は条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して、休職されず、又、条例で定める事由による場合でなければ、その意に反して降給されることがない。」

と規定しています。

 この法文の文言から分かるとおり、休職処分の要件を条例で記述することは、地方公務員法上、許されていないわけではありません。

4.「職員が重大な非違行為を犯し、起訴される恐れがある場合」を休職事由として定めることが可能なのか

 休職処分の要件を条例で記述すること自体は可能ですが、条例は地方公務員の精神に反するものであってはならないとされています。

 これは、

地方公共団体は、法律に特別の定がある場合を除く外、この法律に定める根本基準に従い、条例で、人事委員会又は公平委員会の設置、職員に適用される基準の実施その他職員に関する事項について必要な規定を定めるものとする。但し、その条例は、この法律の精神に反するものであつてはならない。

と規定する地方公務員法5条1項から導かれます。

 それでは、休職事由を「起訴された場合」から「起訴される恐れがある場合」にまではみ出すことは地方公務員法の精神との関係で許容されるのでしょうか。

 何が「地方公務員法の精神」かに関しては、

「一義的に述べることは不可能であり、個々の条例を制定するつど何が地方公務員法の精神であるかを判断して行わなければならない。・・・

人事行政に関する条例を制定するに当たっては、それが団体自治及び住民自治の確立に資するか、行政の民主化および能率化をもたらすか、公務員の全体の奉仕者としてのサービスを増進するか、公務員の勤労者としての地位を擁護するものであるか、メリット・システムを実現するものとしてのサービスを増進するかおよび公務員の政治的中立性をそこなうものではないかの諸点を総合的に吟味し、それぞれの点で積極的に評価することができる場合には、『この法律の精神』に反するものではないということができよう。」

との解釈が示されてます(橋本勇『逐条 地方公務員法』〔学陽書房、第4次改訂版、平28〕87頁)。

 同文献には

「地方公共団体は、条例で休職の事由を定めることができるとされている(法二七2)が、国や他の地方公共団体との均衡、特別休暇制度や職務専念義務の免除などとの関係を考慮し、慎重に判断すべきものである。国家公務員の場合は、法律で定める場合のほか、次の場合には休職とすることができるとされている・・・地方公共団体においてもこれらに準ずる場合を条例で定めて休職の事由とすることができるであろうが、・・・」

との解説がなされています(前掲文献581-582頁)。同文献では専ら国家公務員の休職事由との関係での考察がなされているだけであり、法28条2項2号の事由(起訴された場合)を拡張することの可否に関しては全く言及していません。

 国家公務員法の休職事由は人事院規則11-4(職員の身分保障)3条1項に定められていますが、ここには、学術事項の調査・研究等に従事する場合や、水難・火災その他災害により生死不明・所在不明となった場合などの事由が列挙されているだけです。起訴された場合に類する事由は定められていません。

 地方公務員法上、

「職員の勤務時間その他職員の給与以外の勤務条件を定めるに当つては、国及び他の地方公共団体の職員との間に権衡を失しないように適当な考慮が払われなければならない。」

とされています(地方公務員法24条4項)。

 勤務条件には「職場秩序を含む執務環境に関するもの」が含まれるとされています。職場秩序に関するものには、

「職員の義務としての服務の内容および分限や懲戒の基準」

が含まれるものの、

「服務、分限、懲戒、昇任、転任、昇給については地方公務員法が具体的な規定を措いているので、各地方公共団体が独自に定めることができる範囲はきわめて限定されている

と理解されています(前掲文献368頁)。

 こうした地方公務員法上の各規定の趣旨を紐解くと、条例で分限休職事由を追加することは割と難しいのではないかと思います。

 公務員の地位の擁護という観点から問題があるほか、法律の組み方からして分限休職事由を国家公務員に対して許容されている以上に拡張することにはかなり慎重な姿勢がとられているからです。

 条例で「起訴される恐れ」がある場合にまで分限休職事由を拡張することが許されるかに関しては、かなり難しい問題があります。

5.無給にしてしまうことができるのか

 更に問題を複雑にしているのが、分限休職処分で対象公務員を無給にしてしまおうとしている点です。

 国家公務員の場合、刑事起訴休職の場合、休職期間中の給与は6割以下の支給とされています(一般職の職員の給与に関する法律23条4項)。

 「6割以下」の支給額は各庁の長の裁量によるものの、6割支給が大多数とされています(森園幸男ほか編『逐条 国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕680頁)。

 起訴された場合の国家公務員が6割支給であることとの関係で、起訴されるおそれがあるだけで無給とすることが、地方公務員法24条4項の勤務条件の均衡との関係で許容されるのかという問題があります。国家公務員の場合との均衡を失しているからです。

6.効力の怪しい条例を作るよりも、速やかに懲戒処分をしてはどうか

 市民らの批判に対して何らかの対応をするというのであれば、効力の怪しい条例を作ることに労力を注ぐよりも、速やかに懲戒処分をすればよいのではないかと思います。当然のことながら、有効な懲戒免職処分が行われれば、免職日以降の給料を支払う必要はありません。

 懲戒処分までの期間がやたら長いのは第三者委員会を設置した関係だと思います。

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201910/0012796239.shtml

 しかし、本件に関して言えば、今更教育委員会が加害教員を庇って実効的な調査を行わないかは疑問に思われます(むしろ、世論を背景に重い方向に調査方法・結論が振れる可能性の方が余程高いと思います)。

 弁護士を関与させることが適切な事案であるとは思いますが、弁護士を使うのであれば、内部調査委員会に参加させるような形態にして、速やかに必要な調査を行い、懲戒処分を出してしまえば、市民からの批判が生じることも、条例の効力などをめぐって余計な論点が出ることも避けられたのではないかと思います。

 本件では弁護士の使い方に、もう少し検討する余地があったのかも知れません。