1.手当型の固定残業代の有効性が問題になった事案
固定残業代(定額残業代)とは「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額」をいいます(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。
割増賃金の支払いに代えて一定の手当を支給する類型(手当型)と、基本給の中に割増賃金を組み込んで支給する類型(基本給組込型)があります。
固定残業代は濫用的に用いられることが多いため、その有効性に関する争いは、至るところで頻発しています。
8月20日発行の判例集に掲載されていた、大阪高判平31.4.11労働経済判例速報2384-3 洛陽交通事件も固定残業代の有効性が問題になった事件の一つです。
本件では手当型の固定残業代の有効性が問題になりました。
2.大阪高判平31.4.11労働経済判例速報2384-3 洛陽交通事件
(1)事案の概要
この事件で原告になったのは、タクシー乗務員の方です。
被告は自動車運送事業を営む株式会社です。
原告が残業代を請求する訴訟を起こしたところ、幾つかの手当について、それが固定残業代をいえるかが争点となりました。
固定残業代を言えなければ、それは割増賃金を計算するうえでの基礎となる賃金に組み込まれます。また、その手当の支払いが割増賃金の支払いになることもありません。
他方、固定残業代と言えれば、それは割増賃金を計算するうえでの基礎となる賃金からは除外されます。また、その手当の支払いは残業代の支払いに充当されます。
ある手当が固定残業代に該当するかどうかは、残業代請求の可否・金額に大きく影響するため、激しく争われることが珍しくありません。
この判決で興味深かったのは、「基準外手当Ⅰ」「基準外手当Ⅱ」「時間外調整給」の各手当が固定残業代としての有効要件を満たすかに関する判示です。
裁判所で認定された各手当の計算方法は次のとおりです(裁判ではA期間、B期間二つの期間について問題になっていますが、本記事では事案の単純化のためA期間に対応するものを取り上げて紹介しています)。
〔基準外手当Ⅰ〕
① 月間運送収入が35万円以上の場合に35万円を超える額の42.5%相当額
② 月間運送収入が45万円以上の場合に45万円を超える額の46.0%相当額、及び、低額4万2500円
〔基準外手当Ⅱ〕
月間運送収入額に定められた割合を乗じた金額。
その割合は、月間運送収入が50万円未満で6%、50万円以上55万円未満で9%、55万円以上60万円未満で10%、60万円以上65万円未満で11%、65万円以上で12%。
〔時間外調整給〕
月間運送収入が、
① 35万円以上50万円未満の場合に、35万円を超える額の3.0%相当額
② 50万円以上の場合に一律2000円。
(2)裁判所の判断
裁判所は次の通り述べて、基準外手当Ⅰ及びⅡ、時間外調整給のいずれも割増賃金の基礎となる賃金に当たる(固定残業代の有効要件を満たさない)と判示しています。
〔基準外手当Ⅰ及びⅡ〕
「①上記アのとおり、『本給』が最低賃金額に抑えられ、『基準外手当Ⅰ』及び『基準外手当Ⅱ』は、いずれも、時間外労働等の時間数とは無関係に、月間の総運送収入額を基に、定められた割合を乗ずるなどして算定されることになっていること、②前期認定のとおり、1審被告において、実際に法定計算による割増賃金額を算定した上で『基準外手当Ⅰ』及び『基準外手当Ⅱ』の合計額との比較が行われることはなく、単に、上記アの各手当等の計算がされて給与明細書に記載され、その給与が支給されていたこと、③前期認定のとおり、1審被告の求人情報において、月給が、固定給に歩合給を加えたものであるように示され、当該歩合給が時間外労働等に対する対価である旨は示されていないこと・・・、④上記のような賃金算定方法の下において、1審被告の乗務員が、法定の労働時間内にどれだけ多額の運送収入を上げても最低賃金程度の給与しか得られないものと理解するとは考え難いことからすると、『基準外手当Ⅰ』及び『基準外手当Ⅱ』は、乗務員が時間外労働等をしてそれらの支給を受けた場合に、割増賃金の性質を含む部分があるとしても、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。」
「したがって、『基準外手当Ⅰ』及び『基準外手当Ⅱ』は、いずれも通常の労働時間の賃金として、割増賃金の基礎となる賃金に当たるというべきである。」
〔時間外調整給〕
「『時間外調整給』は、月間の総運送収入に一定の割合を乗ずるなどして算定されるものであり、時間外労働等の対価であることをうかがわせる定めも見当たらない。また、1審被告の乗務員が時間外労働等をして『時間外調整給』の支給を受けた場合に、『時間外調整給』に割増賃金の性質を含む部分があるとしても、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない」
「したがって、『時間外調整給』は、割増賃金の基礎となる賃金に当たるというべきである。」
3.売上・収入と紐づけられた歩合型手当は、固定残業代といえるのだろうか?
最高裁は手当型の固定残業代の有効要件について、時間外労働等に対する対価として支払われたものであることを掲げています(最一小判平30.7.19労判1186-5日本ケミカル事件参照 以下「対価性要件」といいます)。
ただ、日本ケミカル事件の最高裁判決が言い渡される以前に、最高裁は基本給組込型の固定残業代の有効要件について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とを判別できることを掲げていました(最一小判平24.3.8労判1060-5テックジャパン事件、最二小判平29.7.7労判1168-49医療法人社団康心会事件参照 以下「判別要件」といいます)。
通常の労働時間の賃金との判別が可能でなければ、それが時間外労働の対価かどうかは検討しようがありません。
時間外労働の対価としての性質を有していると検証可能であるためには、通常の労働時間の賃金ときちんと判別可能であることが前提になるはずです。
対価性要件と判別可能性要件との関係について、
結局のところ同じことを言っているのか、
それとも、
別のことを言っていて、論理的に整理することが可能なのか、
はあまり良く分かりません。
本件の判示も、対価性要件の問題としているのか、判別要件の問題として理解しているのかは、少し分かりにくいように思われます。
しかし、論理的な問題はともあれ、売上や収入と紐づけられた手当について、時間外労働等の時間数とは無関係であることを理由として、固定残業代としての有効性を否定したことは、応用可能性のありそうな判示であるように思われます。
歩合を固定残業代だと強弁する例は、本件に限らず比較的多くみられるからです。
賃金水準の問題は本件でも言及されていますが、歩合が固定残業代として扱われていて長時間・低時給に渡る働き方を強いられている、そのような状態に疑問を感じた方は、果たして歩合を本当に固定残業代として扱うことが許されるのかを弁護士に相談してみてもいいように思われます。
固定残業代の有効性を否定できれば、それを基礎賃金に含ませることができるうえ、固定残業代が未払いの残業代に充当されることもなくなるため、かなりまとまった額の請求に繋げられる可能性があるからです。