1.司法記者に仮処分申立書を提供した弁護士が訴えられた事件
司法記者に仮処分申立書を提供した弁護士が、名誉毀損を理由に損害賠償を請求された事件が判例データベースに掲載されていました。
岡山地判平31.3.26労働判例ジャーナル89-56LEX/DB25563021です。
情報提供の相手方の属性が名誉毀損の成否にどのような影響を与えるかに関し、興味深い判示をしています。
2.事案の概要
本件の原告は岡山大学の准教授の方です。
被告にされたのは、岡山大学から停職処分を受けた教授2名(B、C)と、B・Cを代理して停職処分の停止を求める仮処分を申し立てた弁護士(D)です。
仮処分の申立書には、
「原告が本件研究科のウェブページへの掲載に関して虚偽の記載を要求した、学生らに対しハラスメント行為を繰り返している、岡大の予算を私的に流用した等の事実が記載されて」
いました(本件記載)。
弁護士Dは、本件停職処分を知った司法記者クラブの幹事社記者から仮処分申立書を入手したいとの申出を受けました。
弁護士Dは、
司法記者クラブ所属の報道機関の記者以外には配布しないこと、
その内容を口外しないこと
を告げ、幹事社記者の了承を取り付けたうえ、マスキング処理していない仮処分申立書をFAX送信しました。
仮処分申立書は全20数頁の書面で、
〔1〕申立ての趣旨及び理由、
〔2〕本件停職処分の理由となった懲戒事由(本件懲戒事由)、
〔3〕被告B及び同Cの本件懲戒事由に対する反論、
〔4〕回復しがたい損害、
の記載部分から構成されるところ、
〔3〕の部分に本件記載がなされていました。
その後、原告准教授は、司法記者クラブに所属する報道機関の記者から、仮処分申立書の写しの交付を受け、同申立書に本件記載があることを認識しました。
そして、仮処分申立書のFAXでの送信行為が名誉毀損に該当するとして、教授B、教授Cのほか、弁護士Dを名誉棄損で訴えました。
3.判決の要旨
判決は次のとおり述べて、FAXの送信行為が名誉毀損に該当することを否定しました。
「本件申立書には本件記載がある・・・が、これらの記載自体は、原告の社会的評価を低下させる事実に当たるというべきであるし、・・・本件申立書の写しを入手した司法記者クラブの幹事社記者が、同クラブ所属の他の報道機関全社に対し、本件申立書の写しを交付等したことも明らかといえる。」
「そのため、原告は、本件送信により、司法記者クラブの幹事社を通じて、同クラブ所属の報道機関全社が上記各事実を認識するに至ったのであるから、本件送信は名誉毀損に該当する旨主張する。」
「しかしながら、本件申立ては、被告B及び同Cが、本件停職処分を受けたことから、岡大を債務者として、同処分の仮の停止を求めたもので、本件申立書の記載内容も、〔1〕申立ての趣旨及び理由、
〔2〕本件懲戒事由、
〔3〕被告B及び同Cの本件懲戒事由に対する反論、
〔4〕回復したがい損害
の各部分から構成されている。」
「したがって、本件申立書は、本件停職処分の仮の停止を求める目的で作成されているものであるというべきところ、本件記載は、上記〔3〕の部分に当たり・・・、本件懲戒事由に対する反論がされている部分であることからすれば、専ら岡大による本件停職処分の不当性を訴える趣旨に出たものであって、本件記載の原告の行為を取立てて指摘することを目的とするものとはいえないというべきであるし、上記全体の構成からしても,そのようなものとは認められない。そして、民事裁判上の申立書の記載内容は、飽くまでも申立て時点の申立人の主張に過ぎず、その事実が証明されずに終わることも多々あることであり、司法記者であれば、そのことは熟知しているものと解される。」
「また、前記・・・のとおりの経緯からすれば、本件送信は、被告Dが、本件停職処分を知った幹事社記者から、本件停職処分に対する被告Cらの方針等の問合せと併せて本件申立書を入手したい旨の申出を受けて行われたものに過ぎない。」
「以上のとおり、本件申立書の写しが幹事社記者に送信されるに至った経緯、本件申立書の記載内容等を総合すれば、本件送信は、被告B及び同Cが本件申立てをする予定であることや、本件停職処分が無効である根拠と主張する事実を摘示したに過ぎないというべきで、本件送信をもって、原告の社会的評価を低下させる事実を摘示したものとみることはできない。」
「よって、原告の上記主張は理由がない。」
3.情報提供の相手方の属性と社会的評価の低下との関係性
本件は、結果的に、
「原告の氏名や本件記載が報道された事実は見当たらなかった。」
という事実が認定されており、この点が効いている可能性もあると思います。
属性の点だけをクローズアップするのはミスリーディングを招く可能性もありますが、裁判所は大意、
① 民事上の申立書面に記載されていることが立証できないことは十分あり得る、
② そんなことは司法記者なら十分知っているはずだ、
③ 一方当事者の言い分を話半分に聞いているだけなのだから、仮処分申立書が記者の間で回付されたところで、原告准教授の社会的評価は低下しない、
というロジックで名誉毀損の成立を否定しました。
この話半分理論が認められるとすれば、必ずしも真実性の立証に踏み込む必要がなくなり、新聞記者への情報提供が許容される範囲が広範なものとなってくる可能性があると思います。
私自身は事件処理に第三者(マスコミを含む)を巻き込む手法には慎重な見解を持っており、こうした裁判例が出たからといってこれに依拠して報道機関を武器に使おうという発想はありません。
判決では、
「被告Dは、本件送信に先立ち、被告B及び同Cの了解を得ておらず、独断で行ったものであることが認められる。」
という事実が認定されています。これが本当のことなのか、弁護士Dが依頼人を庇ったのかは分かりませんが、例え依頼人の了承があったとしても、私であればマスコミに受任中の情報を流すことはないと思います。
また、この裁判例がどこまで通用力を持つのかは疑問があり、これに依拠して何かをするというのは決して安全なことではないとも思います。
ただ、情報提供の方法と相手方の属性に気を遣うことを、名誉毀損のリスクをコントロールする手段として承認した先例として、学術的に興味を惹かれます。