弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

自治体や国がなすべき人事上の措置をしてくれない場合の対抗手段

 

1.審査請求の放置

 懲戒その他不利益な処分を受けた公務員には、審査請求を行うことが認められています(地方公務員法49条の2、国家公務員法90条)。

 裁判所で処分の効力を争うためには、審査請求した後でなければならないとされているため(地方公務員法51条の2、国家公務員法92条の2)、司法判断による救済を受けたい方にとって、審査請求を行うことは義務的な意味合いも持ちます。

 しかし、審査請求を受けた場合、自治体や国がどのような時間感覚で調査を行い、結論を出さなければならないかを明示的に定めた規定はありません。不作為の適法性を争うための手続が用意されているわけでもありません。

 それでは、審査請求が放置された場合、請求者には全く打つ手がないのでしょうか。

 この点が問題になった事案に、横浜地裁平31.2.22労働判例ジャーナル89-56神奈川県事件LEX/DB25562979があります。

 裁判所は審査請求を放置したことに国家賠償法上の違法性を認め、神奈川県に各原告に対し慰謝料20万円を支払うよう命じました。

2.神奈川県事件

 この事件では約40年もの長きに渡り審査請求が放置されました。このような事態を受けて、審査請求人が神奈川県に慰謝料の支払いを求める国家賠償請求訴訟を起こしたのが本件です。

 裁判所が国家賠償法上の違法性を認めたのは、次のような理由によります。

本件審査請求が、昭和47年4月5日に受理されたにもかかわらず、平成24年7月20日に至るまで第1回口頭審理が開始されることがなく、受理から審理終結及び本件裁決まで約45年を要したことは、上記認定事実のとおりである。そして、上記認定事実によれば、昭和41年頃から昭和47年頃にかけては、知事らによる被告職員への懲戒処分に対する審査請求の申立てが多発し、知事及び人事委員会が共にその対応に追われ、知事が処分理由書を提出できなかったことに合理的な理由があったといえるが、昭和50年代に入ってからは、多くの事案は取下げ等により終了したというのであるから、その頃には、知事において長期間にわたって処分理由書を提出できないような事情は最早解消されていたと認めるのが相当である。そして、上記認定事実のとおり、人事委員会が、平成24年4月25日、知事に対して改めて答弁書の提出を求めたところ、同年6月22日に答弁書が提出され、同年7月20日以降本件審査請求に係る口頭審理が開始され、平成29年3月27日に本件裁決がされたことに鑑みれば、本件審査請求について、人事委員会が、昭和50年代に入ってから知事に対し処分理由書の提出を求めれば、遅くとも昭和50年代の半ばには、本件審査請求に対する判断を示すことができたと認めるのが相当である。しかし、人事委員会は、その頃、被告に対し、毎年1回程度、口頭で処分理由書の提出を要求していたに留まっていたというのであり、平成18年に至って、原告らから、審理を長期間にわたって放置した事実を重く受け止めてほしいなどといった意向を表明されてからも、被告に対しては、毎年1回程度、処理促進の要請をするに留まり、平成24年4月25日に至るまで、知事に対して処分理由書や答弁書の提出を求めることがなかったことは上記認定事実のとおりである。そうすると、本件審査請求について、人事委員会は、客観的に審理に必要と考えられる期間に比してさらに長期間にわたり審理を遅延させ、かつ、その間、知事に対して処分理由書の提出を求めるという人事委員会として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避する努力を尽くさなかったというべきである。そして、本件審査請求について、受理後相当期間内に裁決がされないことにより、原告らが不安感、焦燥感を抱き、内心の静謐な感情を害されたであろうことは明らかであるから、人事委員会には、国家賠償法1条1項における違法と評価すべき作為義務違反があったというべきであり、かつ、人事委員会の担当者には、少なくとも過失があったというべきである。

3.障害になる事情がないのに事件処理を放置することは許されない

 裁判所は障害になるような合理的な理由がない・解消されているにもかかわらず、事件処理を遅らせることは許されないと判示しました。また、事件処理の遅滞により、不安感・焦燥感を抱かされたり、内心の静謐な感情が害されたりしないことが、法的に保護されるべき利益であることを認めました。

 本件は審査請求の受理から第1回口頭審理までに40年が経過している極端な事案であることから、特殊な事例に対する判断という見方もあるかもしれません。

 しかし、本件の裁判所は、審理を行えなかったことに対する合理的な事情の存否と、その解消時期は何時なのかを検討するという方法で違法性を判断しています。昭和50年代半ばには判断を示すことができたのだから違法だと述べており、40年という期間に着目しているわけではないように思われます。

 合理的な事情が存在しない・解消されたにもかかわらず、行うべき人事上の措置をしてくれないことが違法だというロジックは、審査請求の場面以外にも汎用性を持ってくる可能性があると思います。

 例えば、非違行為を犯した公務員の方が、既に依願退職の意向を固めているにもかかわらず、国や自治体が懲戒手続の開始を示唆しながら何もしないといったケースが考えられます(実際、このような相談を受けたことがあります)。

 懲戒逃れを防止するため、公務員の身分は、講学上、退職発令・辞職承認などと呼ばれる行政行為がなければ消滅しない仕組みになっています。

 しかし、非違行為を犯した公務員の方といえど再就職して生活して行かなければならないため、何時まで経っても懲戒処分をしてくれないという事態には困ることがあります。

 このような場合、国家賠償請求を示唆することで、事態の打開を図れる可能性が出てくるかも知れません。