弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

国際結婚斡旋業者による人身売買(にも等しい行為)が問題となった事案-国際結婚斡旋業者に物申すことはできないか?

1.国際結婚斡旋業者による人身売買

 仕事の関係で、日本語に不自由な外国人の手による協議離婚届への署名・押印が、裁判例において、どのように理解されているのかを調べていました。

 その過程で、たまたま国際結婚斡旋業者による人身売買が問題となった裁判例を見つけました。

 京都地判平5.11.25判例タイムズ853-249です。

 斡旋業者を介した国際結婚のトラブルは結構多いのではないか思われたのと、他のサイトであまり取り上げられていなさそうであったことから、参考までにご紹介させて頂くことにしました。

2.事案の概要

 この事件で原告になったのは、スリランカ人の女性です。

 被告になったのは、結婚相談所でスリランカから独身女性を来日させて日本人男性に紹介する事業をしていた方です。

 裁判所が認定した被告の業態は次のとおりです。

「被告は、昭和六一年(一九八六年)八月から昭和六三年(一九八八年)までの間に約六〇組ないし七〇組の日本人男性とスリランカ人女性の婚姻を成立させたが、その方式はおおむね以下のとおりに行われた。即ち、被告は、一度に一〇人ないし二〇人のスリランカ人女性を来日させ、結婚を希望する男性二、三人と右一〇数名のスリランカ人女性を集団で見合いさせ、男性側の指名に対し、女性側が承諾すれば結婚させることとし、スリランカで合同の結婚式を挙げる。結婚が成立した場合、日本人男性は、被告に対し報酬として二五〇万円ないし三〇〇万円を支払い、被告から花嫁側の家族に対し結納金五万ないし一〇万ルピーが支払われる、というものであった。

 ただ、被告は相当に問題のある業者であったようで、判決では次のような言及もなされています。

「被告による右花嫁斡旋は、紹介する日本人男性に関する情報(特に、年齢、職業、離婚歴)に関する偽りが多く、他方スリランカ人女性側に対してはパスポートを取り上げ、結婚を拒む者に被告が支出した費用の返済を要求するなどして、強制的に結婚を迫るものであり、熊谷大学教授中村尚司が調査したところによると、被告の紹介により結婚した三一組中二六組が被告の結婚斡旋の仕方に問題があると指摘し、こうした強引な結婚斡旋の結果、少なくとも三名のスリランカ人女性が現地で挙式しながら逃げ出し、一五名のスリランカ人女性が離婚してスリランカに帰国し、一二、三名の女性が離婚後、日本にとどまっている事態となった。
「そして、このような被害にあったスリランカ人女性らの訴えにより、昭和六三年(一九八八年)三月、在日スリランカ協会が国際結婚のあり方に関する提言を行い、平成元年(一九八九年)五月には在日スリランカ大使館が実態調査を行うに至っている。

 原告が来日した経緯は次のとおりです。

「被告は、昭和六二年(一九八七年)七月頃、スリランカの安価な労働力に着目し、スリランカに電子部品の組立て工場を経営するアポロ・エレクトロン社を設立し、研修名目でスリランカ人女性を日本の工場に派遣し、日本の工場主より斡旋料を得るとともに、前記スリランカ人花嫁斡旋事業の花嫁供給源とすることを企て、クスマ・ペレラを通じてシンハラ語の日刊紙「ディナミナ」紙に、アポロ・エレクトロン社名で、『日本で三か月間の技術研修を受ける者を募集する。研修を終えれば日本とスリランカの合弁会社である同社で働くことができる。応募の資格はOL課程を修了した女性である。』との広告を掲載した」

「原告は、・・・アポロ・エレクトロン社の前記新聞広告を見つけ、これまでコンピューターの勉強をしたことはなかったが、日本との合弁会社でOL課程修了の女性を募集するなら待遇も悪くないはずであると考え、また、外国に研修に行かねばならないが、三か月間と比較的短期間であったことから、家族の賛成も得られたので、被告の右研修生募集の広告に応募した。」

 要するに、研修目的だと騙されて来日されました。

 その後、被告から紹介された男性と結婚させられることになります。

 結婚に至る過程の中で、被告は、原告らスリランカ人女性を、

「帰りたいのであればこれまで被告が出した費用を返せ。そうしないとパスポートは返さないし、警察に訴える。」

と大声で脅したり、

「食事を減らしたうえ、シャワーや風呂も使わせず、更に、見合いに出たくないといっていた者に対し、帰国を認めるかわりに旅費を返還するように要求して、暗に、見合いに応じて結婚するように仕向け、それでも見合いを嫌がった原告ら八人のスリランカ人女性に対し、二人ずつ、事務所の前を通らなければ外出することができない部屋への移転を命じ、『旅費を払ってスリランカに帰れないのならこの部屋にじっとしているがいい。』といって、事務所から監視して原告らが部屋から出られないようにするなどの嫌がらせ」

をしたりしていたようです。

 このような過程で原告は訴外鈴木と婚姻しましたが、当然上手く行くはずもありませんでした。訴外鈴木は、被告から渡された原告の署名が偽造された離婚届を区役所に提出し、協議離婚を成立させ、被告から新たに紹介を受けたスリランカ人女性と結婚しました。

 こうした一連の行為の行為を問題視し、原告が被告に対して損害賠償を請求したのが本件です。

3.裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、被告に1200万円の慰謝料の支払いを命じました。

「被告は、前記認定のとおり、日本人男性と結婚させる目的であったのに、右意図を秘し、日本において研修させると偽って原告を欺罔し来日させたうえ、原告に対し、日本人男性との見合いを強要し、結婚を拒絶するや、原告の到底支払うことのできない金額の支払を要求したり、食事の量を減らし、シャワーを浴びさせない等の脅迫・嫌がらせを行った末、極めて短期間のうちに、原告の意思に反して鈴木との結婚を承諾させたものである。」
「花嫁不足に悩む農村の独身男性等のために国際結婚を推進することそのものは、もし、これが、正確な情報を基に、両当事者の自由な意思決定により行われ、真の相互理解により結婚が実現するのであれば、国際交流の一つのあり方として是認しうるものである。」
「しかし、被告の原告に対し行った前記一連の行為は、その程度をはるかに超え、国際結婚推進の美名の下に、専ら被告の事業の利益のために、まさに人身売買にも等しい卑劣な方法により、日本語や日本の事情の全く分からない原告の人権を無視して強引に原告に対し結婚を押しつけたもので、人道的にも許し難い違法な行為であり、不法行為が成立するというべきである。」
「また、前記離婚届偽造及び届出行為についても、被告は、鈴木から原告との結婚生活がうまくいかないと相談を受けるや、原告の立場を全く考慮せず、一方的に離婚を勧め、原告がこれを拒むと、原告がスリランカに帰国した機会を利用して、原告の署名を偽造した離婚届を鈴木に渡し、鈴木において偽造であることを承知のうえこれをもって原告との離婚届出をしたものであって、被告の右一連の行為は、原告に対する人権無視も甚だしく、スリランカ人女性をまさに商品扱いした人道的にも許し難い違法な行為であって、鈴木との共同不法行為が成立するというべきである。」
「前記認定事実によれば、原告は、日本においてコンピューター技術を身につけ、スリランカ帰国後、日本との合弁企業に勤務することを夢見て来日したのが、右来日は被告に騙されたものであったうえ、被告によって、来日直後に鈴木との見合い及び結婚を強要され(人間にとって結婚相手を決めることは一生の問題であり、その決定の自由は極めて重要な基本的権利である。しかるに、面接をして二日も経ず、話も全くしたこともない者との結婚を強制した被告の行為は、原告の右結婚の自由を侵害したものである。)、結婚後は六か月弱の間険悪で不幸な夫婦生活を過ごした末、今度は勝手に偽造された離婚届により離婚届出をされ、妻たる地位を事実上喪失させられ、鈴木宅から放り出されてしまったものである。」
「被告は、このように、嫌がる原告を無理矢理婚姻させておきながら、今度はすぐに離婚届を偽造して無理矢理離婚させようとしたものであり、原告が被告のこのような人道的に許し難い違法な行為によって人生計画を狂わされ、甚大な精神的苦痛を受けたことは原告本人尋問の結果(第一回)により明らかであり、右精神的苦痛に対する慰謝料は、被告の行為の計画性、行為の方法、手段及び態様、行為の違法性の程度、原告の受けた精神的苦痛の程度など本件に表れた諸般の事情を総合勘案すると、被告固有の不法行為に対する慰謝料として七〇〇万円、被告と鈴木との共同不法行為に対する慰藉料として五〇〇万円と認めるのが相当である。

4.これほど悪質な業者は稀だとは思われるが・・・

 慰謝料額の高さもさることながら、裁判所が民事事件で「人身売買にも等しい」「人道的にも許し難い」といった強い表現を用いることは、それほどあるわけではなく、そのことからも、本件が極端な事案であることは間違いないと思います。

 流石にこれほど悪質な業者は稀だとは思います。しかし、相手方に関する情報や、結婚後の生活のイメージが、国際結婚斡旋業者を通じてきちんと共有されていなかったことにより不幸な夫婦生活を過ごさざるを得なくなったという方は、結構多いのではないかと思っています。

 また、この裁判例は外国人女性の側が被害者とみられる事案でしたが、高額なお金を払わされたものの、女性は結婚してすぐ何処かへ失踪してしまったといったような形で被害に遭っている日本人男性も相当数いるのではないかとも思います(実際、法律相談で、そういう事案を何度か見たことがあります)。

 国際結婚の斡旋業者が、いわゆる「悪徳」で、特に悪意のある誰かとつるんでいる場合、登場人物の誰が被害者になってもおかしくありません。外国人女性が人身売買の客体にされるケース、農村部の日本人男性が国籍や在留資格のダシに使われるケース、外国人男性との恋物語に憧れる日本人女性がお金を搾り取られるケース、色々な被害類型があると思います。

 業者の主観的な悪性まで立証できる事案はある程度限定されるとは思いますが、国際結婚の斡旋業者に何か一言物申せないのか、そうした思いをお抱えの方は、男性側・女性側、外国人側・日本人側を問わず、一度、弁護士のもとに相談に行ってみてもよいのではないかと思います。