弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

アマチュア同士の契約で注意しておいた方がいいこと(住所・氏名確認の重要性、違約金の意味、紛争解決コストの認識)

1.アマチュア同士での契約

 ネット上に、

「セクハラなどのトラブル防止、カメラマンと被写体モデルに『契約書』整備の動き」

との記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_18/n_10076/

 記事によると、

「Instagramなどへの投稿作品として、アマチュアカメラマンが、被写体モデルに依頼し、写真撮影することが広がりつつあるが、被写体モデルから『予定になかったポーズを要求されたが断りきれなかった』、『指図の目的を超えたボディタッチがあった』などの困惑の声があがることが少なくないという。」

「一方、カメラマン側も、どこまでの利活用や演出が認められるのかは『空気を読みながら』行うしかないという問題を抱えている。トラブルが発生するのは、カメラマンと被写体モデルの間で『契約』が交わされることがなかったためでもある。」

「そこで、写真作品を制作している一部のアマチュアカメラマンと、これに協力する被写体モデルが、契約書のひな型を共同で整備する取り組みを行っている。」

とのことです。

 契約書は上手に作れば、紛争を予防する機能を果たせます。

 紛争は解決するコストよりも予防するコストの方が遥かに安いのが一般的であり、アマチュア間での取引においても、作成された方が望ましいのは確かだと思います。

 記事に目を通していて、アマチュアの方が契約を交わすにあたり、留意しておいた方がよいと思われた情報を参考までに提供させて頂きます。

2.住所・氏名確認の重要性

(1)住所・氏名を確認させてくれない相手とは関係を持たないでいいと思う

 記事では、契約書を交わすにあたっての課題として、

「契約書に書かれたカメラマンさんの住所・氏名が正しいかをどうやって確認をするのかです。私は、これまでに運転免許証で確認しようとしたことがありますが、不快感を示されたことがあります。また、一人暮らしの女性の方などで、自分の住所・氏名を明かしたくないという場合はどうすればよいのかも気になります」

という点に触れられています。

 問題点の指摘に留められているようですが、相手方の住所・氏名は公的な書類で確認しておくことを強く推奨します。それで不快感を示してくるような相手方であれば、端的に言って関係を持たない方がいいと思います。

 理由は、法的措置をとるためには、住所・氏名が必要になるからです。

(2)住所・氏名は法的な手続の基礎、何をするにも必要になってくる

 当事者の住所・氏名は訴状の必要的記載事項です(民事訴訟規則2条1項1号)。裁判所は、訴状記載の住所地に宛てて訴状や期日への呼出状を被告に送達し(民事訴訟法138条1項)、審理を開始して行きます。

 民事訴訟は上記のような構造を持っているため、トラブルの相手方が、どこの誰なのかが分からないことは、法的救済を得るうえでの著しい支障になります。

 ポイントになるのは、氏名だけではダメだということです。

 法律相談をしていると、ネットで知り合った人とトラブルになったという方から、

「相手の名前は分かるけれど、それ以上のことは分からない。」

と言われることがあります。

 これでは法的措置をとることは困難です。電話番号など相手方の住所を知るうえでの手掛かりになるような情報でもあれば別ですが、本当に名前しか手掛かりがないという場合、そこで行き詰まってしまう可能性が高いです。

 刑事事件が成立するような場合に関しても、

「どこの誰から被害を受けた」

というのと、

「氏名不詳者から被害を受けた。」

「〇〇と名乗る人から被害を受けたが、どこにいるのかは分からない。」

というのとでは、捜査機関の受け止め方は大分異なります。

 相手方の住所・氏名を確認することは、あらゆる法的手続の基礎になるため、非常に重要だということは押さえておく必要があります。

3.違約金の意味

(1)5万円の違約金では効果は限定的

 記事には、

「(この契約書の)ピリッとするポイントは、5万円の違約金を定めたところです。仮に1万円だとすると、それならセクハラしてしまおうという悪質なアマチュアカメラマンがいるかもしれない。50万円ではアマチュアの写真制作では現実味がなく、死文化してしまう。5万円は地味に嫌な額なので、効果があると考えました。」

という記載があります。

 しかし、私の感覚で言うと、5万円の違約金が効果を持つ場面は限定的です。

 理由は紛争の解決コスト(弁護士費用)の方が高くつくからです。

(2)5万円の違約金の回収にどこまでコストをかけられる?

 幾ら違約金を定めても、相手が任意に支払わなければ裁判をするしかありません。

 しかし、専門家以外の方が訴訟をやるのは、端的に言って難しいです。

 ごく単純な事件であればともかく、密室での性的接触の立証が関係してくる事件を素人の方が自力でやるのは、技術的な巧拙の問題で敗訴するといった事態を招きかねないため、本当に勧めません。

 しかし、裁判をすることは結構な大仕事であるため、小規模なものでも数十万円規模の弁護士費用が発生するのが普通です。

 民事法律扶助(通称:法テラス)という資力に乏しい方向けの国の立替制度を利用して裁判を起こ場合でも、最低、

実 費・・・2万5000円

着手金・・・6万4800円

報酬金・・・入手金額の10%+税程度

の費用が発生します(訴額 ~50万円の事件の場合)。

https://www.houterasu.or.jp/housenmonka/fujo/index.html

https://www.houterasu.or.jp/housenmonka/fujo/index.files/100861468.pdf

 5万円というのは最も小規模な訴訟を、最も安上がりな方法で済ませる場合(訴訟の難易度・手間は必ずしも訴額には比例しないため、上記の訴額50万円以下の請求に係る法テラスの報酬水準では採算との関係で受任してくれる弁護士を見つけるのが難しいかも知れませんが。)の着手金を賄うことすらできない額です。

 そのため、このような水準の違約金は、象徴的な意味合いを持つものに近く、約束を破るような相手に対する効果としては限定的ではないかと思います。

(3)消費者被害がたくさんの被害者を出しやすいのは・・・

 なお、余談ではありますが、紛争解決コストの問題は、悪徳業者による消費者被害が広がりやすいことにも関係しています。

 手慣れた悪徳業者は被害金額を

「弁護士に依頼するには割に合わない。」

と感じる程度の金額に抑えてきます。比喩的に言えば、骨董品と偽ってガラクタを5万円で売るといったようにです。

 それでも、消費者被害に関しては、消費者庁が取り締まりにあたるほか、国民生活センターなどの行政が低コストな紛争解決機関として一定の役割を果たしてくれます。

https://www.caa.go.jp/about_us/about/main_function/

http://www.kokusen.go.jp/map/

 しかし、事業者-消費者間の契約であればともかく、アマチュア同士の契約の場合、必ずしも行政を頼れるわけでもないため、違約金水準をどのように設定しておくのかは慎重な検討が必要です。

(4)違約罰と違約金の違いにも注意

 記事で紹介されている契約書では、5万円とあるのは「違約罰」であって、別途損害賠償請求が可能という建付けになっています。

 受けた被害が大きいケースでは、一定のまとまった金額を別途損害賠償として請求できるため、弁護士費用を考慮しても割に合うかもしれません。

 しかし、「違約金」という場合、それは通常は損害賠償額の予定を意味します(民法420条3項「違約金は、賠償額の予定と推定する。」参照)。

 予定された損害賠償額は基本的に増減することができません(民法430条1項「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。」参照)。

 そのため「違約金」を低額な水準に抑える場合には、相手が任意に違約金を払ってくれない場面を想像したうえで意思決定を行う必要があります。

 法律関係の用語には似たような響きなのに意味が違うといったものが結構あります。

 アマチュア同士で契約を結ぶ場合には、きちんと相手方との間で共通認識ができているのかの擦り合わせも必要です。

4.紛争解決コストをどう考えるか

 契約上の義務の不履行が問題になる場面では、弁護士費用は自弁が原則です。

 基本的に相手方に請求することはできません。

 そのため、低額の違約金に法的措置による実効性を伴わせようと思った場合、紛争解決コストをサービスの提供価格に予め広く薄く上乗せしておくといった対応をとることが基本になります。

 違約金の請求に要する弁護士費用を契約書で相手方の負担としてしまうという対応も理論上考えられはします。

 例えば、国土交通省のマンション標準管理規約(単棟型)には、次のような規定があります。

(管理費等の徴収)
第60条 管理組合は、第25条に定める管理費等及び第29条に定める使用料について、組合員が各自開設する預金口座から口座振替の方法により第62条に定める口座に受け入れることとし、当月分は別に定める徴収日までに一括して徴収する。ただし、臨時に要する費用として特別に徴収する場合には、別に定めるところによる。
2 組合員が前項の期日までに納付すべき金額を納付しない場合には、管理組合は、その未払金額について、年利○%の遅延損害金と、違約金としての弁護士費用並びに督促及び徴収の諸費用を加算して、その組合員に対して請求することができる。

(以下略)

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000052.html

https://www.mlit.go.jp/common/001202416.pdf

 この種の合意に関しては、有効性を承認する裁判例もあります。

(東京高裁平26.4.16判例タイムズ1417号107頁)

「国土交通省の作成にかかるマンション標準管理規約(甲8)は、管理費等の徴収について、組合員が期日までに納付すべき金額を納付しない場合に、管理組合が、未払金額について、『違約金としての弁護士費用』を加算して、その組合員に請求することができると定めているところ、本件管理規約もこれに依拠するものである。そして、違約金とは、一般に契約を締結する場合において、契約に違反したときに、債務者が一定の金員を債権者に支払う旨を約束し、それにより支払われるものである。債務不履行に基づく損害賠償請求をする際の弁護士費用については、その性質上、相手方に請求できないと解されるから、管理組合が区分所有者に対し、滞納管理費等を訴訟上請求し、それが認められた場合であっても、管理組合にとって、所要の弁護士費用や手続費用が持ち出しになってしまう事態が生じ得る。しかし、それは区分所有者は当然に負担すべき管理費等の支払義務を怠っているのに対し、管理組合は、その当然の義務の履行を求めているにすぎないことを考えると、衡平の観点からは問題である。そこで、本件管理規約36条3項により、本件のような場合について、弁護士費用を違約金として請求することができるように定めているのである。このような定めは合理的なものであり、違約金の性格は違約罰(制裁金)と解するのが相当である。

 これは弁護士費用の敗訴者負担に近い考え方だと思います。

 しかし、弁護士費用の敗訴者負担に関しては批判的な見解も強く、どこまで通用力があるのかは不分明です。

https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2000/2000_22.html

 自分が違約したときのリスクも考慮する必要はあるものの、それを許容できるのであれば、紛争解決コストの負担について契約書で定めてしまうのも一考に値するのではないかと思います。

 事業者-消費者間の契約で、こういう条項を入れることは問題ありと判断される可能性が高いのではないかと思いますが、アマチュア同士の対等な契約で違約金に実効性を持たせる趣旨であるとすれば、許容される可能性はあるのではないかと思います。