弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就活セクハラをめぐる法的問題Ⅱ

1.就活セクハラをめぐる法的問題Ⅱ

 昨日、ネット上に、

「食事に誘う、交際を迫る、体に触る…『就活セクハラ』をめぐる法的問題」

という記事が掲載されていたことをご紹介しました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16420339/

 回答者となっている弁護士の方は、

Q.就職活動中の学生を企業側の人間が食事に誘い、「食事に付き合ってくれたら採用する」と言った場合、法的問題はありますか。

Q.就職活動中の学生に企業側の人間が交際を迫り、「付き合ってくれたら採用する」と言った場合、法的問題はありますか。

Q.就職活動中の学生に対して、企業側の人間が体を触ったり性行為をしたりした場合で、企業側の人間が「同意があった」と主張したら、立件や慰謝料請求はできますか。

などの質問に対し、セクハラとしての不法行為や犯罪の成否に絞って回答をまとめています。

 しかし、就活中の学生がこのような被害に遭った場合、損害賠償や刑事告訴よりも適切な事後対応(事実関係の調査や企業側担当者の変更・処分等)を求めたいという人も多いのではないかと思います。

 このようなニーズに応えるための救済法理について、お話したいと思います。

2.平成11年労働省告示第141号(最終改正 平成29年厚生労働省告示232号)

 職業安定法42条の2は、

「労働者の募集を行う者・・・は、労働者の適切な職業選択に資するため、それぞれ、その業務の運営に当たつては、その改善向上を図るために必要な措置を講ずるように努めなければならない。」

と定めています。

 これを受けた平成11年労働省告示第141号(最終改正平成29年労働省告示232号)は、労働者の募集を行う者等の責務として、

「労働者の募集を行う者・・・は、職業安定機関、特定地方公共団体等と連携を図りつつ、当該事業に係る募集に応じて労働者になろうとする者からの苦情を迅速、適切に処理するための体制の整備及び改善向上に努めること。」

と苦情処理体制を整備する努力義務を課しています。

 これは努力義務ではありますが、採用担当者と就活生との間に力格差があるような大手人気企業では、法令遵守のため、何らかの苦情処理体制が整備されていることもあるのではないかと思います。

 事後対応を求めたい場合、企業の法令遵守担当部門に連絡をとり、苦情処理のための窓口が設けられていないのかを尋ね、苦情を申し出ても良いのではないかと思います。

3.最一小判平30.2.15労働判例1181-5 イビデン事件との関係

 就活生が適切な事後処理を求めて行くにあたり参考になりそうな判例として、最一小判平30.2.15労働判例1181-5 イビデン事件があります。

 これは、子会社の契約社員として働いていた女性が、同じ事業所で働いてた他の子会社の従業員男性から繰り返し交際を要求されたことなどを受けて、法令遵守体制に基づいて相応の措置を講ずるなどの信義則上の義務に違反したと主張して、親会社に対し、債務不履行又は不法行為に基づいて損害賠償を求めたという事案です。

 原告(被上告人)となった女性は子会社の従業員であって、親会社の従業員ではありません。直接的な契約関係がない中で、会社が付きまとい被害に遭ってる女性に対し、何らかの義務を負うのかが注目されました。

 裁判所は個別事案に関する判断として会社の責任を否定したものの、

「上告人(会社 括弧内筆者)は、本件当時、本件法令遵守体制の一環として、本件グループ会社の事業場内で就労する者から法令等の遵守に関する相談を受ける本件相談窓口制度を設け、上記の者に対し、本件相談窓口制度を周知してその利用を促し、現に本件相談窓口における相談への対応を行っていたものである。その趣旨は、本件グループ会社から成る企業集団の業務の適正の確保等を目的として、本件相談窓口における相談への対応を通じて、本件グループ会社の業務に関して生じる可能性がある法令等に違反する行為(以下「法令等違反行為」という。)を予防し、又は現に生じた法令等違反行為に対処することにあると解される。これらのことに照らすと、本件グループ会社の事業場内で就労した際に、法令等違反行為によって被害を受けた従業員等が、本件相談窓口に対しその旨の相談の申出をすれば、上告人は、相応の対応をするよう努めることが想定されていたものといえ、上記申出の具体的状況いかんによっては、当該申出をした者に対し、当該申出を受け、体制として整備された仕組みの内容、当該申出に係る相談の内容等に応じて適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると解される。」

と、直接雇用関係にない従業員等からの相談に対しても、一定の場合、会社が相談内容等に応じて適切な対応をすべき義務を負うことを認めました。

 該当の企業に苦情処理体制が整備されている場合、就活生としてはイビデン事件の趣旨を類推して適切な事後対応を求めて行くことができる可能性もあると思います。

4.就活生への性犯罪で懲戒解雇されたとの報道事例

 少し前に、就活生への性犯罪を起こした従業員に対し、住友商事が懲戒解雇処分を下したとの報道がありました。

https://www.sankei.com/affairs/news/190416/afr1904160013-n1.html

 このようなことが明るみに出れば社会的信用が失墜してしまいます。また、会社としては会社の利益に貢献してくれる人材が欲しいわけであって、採用担当者の交際欲求を満たせる人材が欲しいわけではありません。採用に関わる権限を個人的な交際欲求を満たすために用いることは背信的な行為であり、企業秩序維持の観点からも看過し難かったのだと思われます。

 損害賠償や告訴だけではなく、事後対応を求めて行くための法律論を組み立てられる場合もあるかと思います。

 きちんとした対応をしてくれる会社・社会人もたくさんいるので、声を上げても無駄だと悲観しないことが大切かと思います。