1.就活セクハラをめぐる法的問題
ネット上に、
「食事に誘う、交際を迫る、体に触る…『就活セクハラ』をめぐる法的問題」
という記事が掲載されていました。
http://news.livedoor.com/article/detail/16420339/
回答者となっている弁護士の方は、
「面接でスリーサイズを聞く、彼氏の有無を聞く行為は法的責任を問えるでしょうか。」
という質問に対し、
「不適切な質問であり、回答する義務はありませんが、慰謝料や損害賠償の請求までは難しいでしょう。企業側の自主的なルール作りが必要になってきます」
というコメントをしています。
回答義務がないというのは私も同意見です。
しかし、
「慰謝料や損害賠償の請求までは難しい」
という部分は、意見が分かれる可能性があると思います。
2.「難しい」とはどのような意味か?
「難しい。」というのは多義的な言葉です。
法律相談で使う場合、
「請求権自体は発生すると思われるものの、弁護士に訴訟事件として依頼しても、認容されるであろう金額との兼ね合いで経済的な割に合わないから、訴訟事件化するのは難しい。」
という意味で用いる場合と、
「裁判所で違法性ありと判断してもらうこと自体が難しい。」
という意味で用いる場合とがあります。
回答者の方が後者の意味で難しいと言っているのだとすれば、私は異なる意見を持っています。スリーサイズや彼氏の有無を聞く行為に関しては、それだけで違法だと言える可能性があると思っています。
3.検討の視点となる法制度
(1)職業安定法5条の4、平成11年労働省告示第141号(最終改正 平成29年厚生労働省告示第232号)
職業安定法5条の4第1項本文は、
「・・・労働者の募集を行う者・・・は、・・・その業務に関し、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者・・・の個人情報・・・を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。」
と規定しています。
これを受けた上記告示は、
「職業紹介事業者等(注 職業紹介事業者『等』の概念には「労働者の募集を行う者」も含まれます。括弧内筆者)は、その業務の目的の範囲内で求職者等の個人情報・・・を収集することとし、次に掲げる個人情報を収集してはならないこと。ただし、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないこと。
イ 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項
ロ 思想及び信条
ハ 労働組合への加入状況」
と説示しています。
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/dl/160802-01.pdf
要するに、差別的評価に繋がるような個人情報は集めるなという意味です。
(2)男女雇用機会均等法5条
男女雇用機会均等法5条は、
「事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。」
と規定しています。
4.厚生労働省はスリーサイズを聞くことを差別的評価に繋がる問題事例だと認識している
厚生労働省は、「公正な選考をめざして」という事業主啓発用のパンフレットを作成しています。
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo.htm
このパンフレットの28ページに
「エントリーシートにスリーサイズ、血液型・星座の記入欄を設定」
していた事業所が問題事例として取り上げられています。
そして、考え方として、
「女性のスリーサイズを聞くことは、セクシュアルハラスメントにもかかわる差別的評価につながります。制服のサイズを把握する必要があるというのであれば、採用内定後に希望する既製服サイズを申告させれば足ります。」
と明記されています。
セクハラとみているのか差別とみているのかは文言からはやや不分明ですが、スリーサイズを聞くのは問題だから止めろと警告していることが分かります。
5.大阪労働局は「今、つきあっている人はいますか。」との質問を男女雇用機会均等法に抵触する質問だと認識している
(1)女性に彼氏の有無を聞くのは不適切
大阪労働局はホームページ上で、就職差別につながるおそれのある不適切な質問の例を紹介しています。
ここでは、
「今、つきあっている人はいますか。」
との質問が
「男女雇用機会均等法に抵触する質問」
の具体例として掲げられており、
「女性に限定しての質問は、男女雇用機会均等法の趣旨に違反する採用選考につながります。」
と注意喚起されています。
彼氏の有無を聞く質問というのは、大阪労働局の行政解釈によれば、やはり男女雇用均等法に抵触するという評価になるのではないかと思います。
(2)男性にも聞いていたとしても、やはりダメだろう
大阪労働局は「女性に限定しての質問」はダメだと言っています。
それでは男性の求職者にもおしなべて聞くことはどうでしょうか。
これもダメだと思います。
厚生労働省はホームページ上で「公正な採用選考の基本」を表明しています。
https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm
家族に関すること、生活環境・家庭環境などに関すること、人生観・生活信条に関することを面接で尋ねたりすることについて、職業差別につながるおそれがあると位置づけられています。
恋人の有無のようなことは、適正と能力には関係がないため、男女おしなべて聞けば問題ないかと言えば、そういうものでもないのだろうと思われます。
6.スリーサイズや彼氏の有無を聞くのは違法ではないか
職業安定法にしても男女雇用機会均等法にしても、行政取締法規であり、それに違反することが直ちに民事上の不法行為(違法な行為)とリンクするわけではありません。
しかし、行政取締法規・行政解釈に違反していることは、民事上の違法性を論証するための重要な考慮要素になることは間違いありませんし、仕事の適正や能力に全然関係のない個人的な事情を尋ねることについて、「行政解釈には反しているけれども民事上は適法」と救済しなければならない理由はないように思われます。
このように理解しても、普通の感覚の面接官であれば、面接でスリーサイズや彼氏の有無を確認しようという発想にはならないはずなので、誰が困るというわけでもないだろうと思います。
発言単体だと慰謝料は伸びないとは思いますが、私は所掲の発言は違法性を有していると考えています。
後は、被害を受けた方の価値判断の問題で、法律相談としては、
「割に合わなそうだけれども、社会的な意義・感情の整理のため訴訟事件化していくか。」
「割に合わなそうだから、訴訟事件として依頼するのは止めておくか。」
いずれかを決めてもらうという締めくくり方になるのではないかと思います。