弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場の同僚間での嫌がらせトラブル 会社は証拠がなければ放置でいいのか?

1.職場の同僚からの嫌がらせ

 ネット上に、

「『呪い殺す』私の名前の上に無数の釘、ノコギリ跡も…職場の同僚の行為は犯罪?」

という記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190510-00009615-bengocom-life

 記事によると、

「会社の倉庫の柱に、同僚とその家族、そして私の名前がマジックで書かれているのをみつけました。その上には『死』『呪』と書かれていて、釘が打ってありました。怖くてたまりません」

との相談事例があったとのことです。

 相談者によると、会社との間では、以下のようなやりとりが交わされたとのことです。

(以下引用)

「倉庫に出入りする人は限られているので、書いた人は特定できます」という相談者。しかし、上司が書いたと思われる人に話をすると、「知らない」の一点張りだったという。

会社側は「書いたと思われる人は心療内科に通っているので、カッとなってやってしまったのかもしれない。書いたことも覚えていないのではないか。証拠がない限り何もできない」と言ったそうだ。相談者は「このまま我慢するしかないのでしょうか」と不安な様子だ。

(引用ここまで)

2.単純に犯罪の成否を解説するだけで足りるのだろうか?

 記事では犯罪の成否を解説しています。

 殺人未遂罪は成立しないとし、脅迫罪・器物損壊罪が成立する可能性を指摘しています。

 書かれている内容に特段の問題はないとは思います(強いて言えば、物理的に損壊しているのが柱であることから、成否が問題になるのは器物損壊(刑法261条)というよりも建造物損壊(刑法260条)のような気はしますが)。

 しかし、果たして、

「このまま我慢するしかないのでしょうか」

という相談者の悩みへの回答になっているのだろうか? とは思います。

 犯行の現場に会社の倉庫の柱という場所が選ばれたのは、同僚らに儀式を認識させることが企図されていたからでしょうし、

「脅迫罪が成立する可能性があるので、警察に告訴して犯人を捜査してもらうという解決策が考えられます。」

というくらいには踏み込んだ回答をして良いのではないかと思います。

3.会社に対して交渉する余地はないのだろうか?

 相談者によると、会社は

「証拠がない限り何もできない」

として静観の構えをしているようです。

 しかし、鬱病の既往症がある職員からパワハラの相談を受けた場合に関するものではあるものの、

「被告には、Bが主張するパワハラが存在するか否か調査をし、その結果、パワハラの存在が認められる場合はもとより、仮にその存在が直ちには認められない場合であっても、本件既往症のあるBがDに対して上記相談を持ち掛けたことを重視して、C又はBを配置転換したり,CをBの教育係から外すなどの措置を講じ、Bが、Cの言動によって心理的負荷等を過度に蓄積させ、本件既往症であるうつ病を増悪させることがないよう配慮すべき義務があったものというべきである。」

と判示した裁判例があります(さいたま地判平27.11.18労働判例1138-30 さいたま市(環境局職員)事件)。

 また、職場の同僚間に深刻な対立があり、心理的な負荷を感じた側の同僚から一緒に仕事をすることが苦痛であるとの相談が寄せられていた事案において、

「被告(会社 括弧内筆者)は、上記のように強い心理的負荷を与えるようなトラブルの再発を防止し、原告の心理的負荷等が過度に蓄積することがないように適切な対応をとるべきであり、具体的には、原告又はAを他部署へ配転して原告とAとを業務上完全に分離するか、又は少なくとも原告とAとの業務上の関わりを極力少なくし、原告に業務の負担が偏ることのない体制をとる必要があったというべきである。」

と判示した裁判例もあります(東京地判平27.3.27労判1136-125 アンシス・ジャパン事件)。

 単純な個人的な好き嫌いで対応を求めることはできないにしても、限定された倉庫に出入りする人間と、他の同僚との間に呪い殺す云々のような深刻なトラブルがあるということであれば、会社の側に一定の対応を求めることはできそうな気がします。

 また、当該儀式を認識しながら事態を放置し、何等かの深刻な事件が発生した場合、会社には安全配慮義務違反を問われるリスクがあるのではないかと思います。

4.調査、告訴、配置転換を求めて交渉する余地もあるのではないか?

 会社側が解決しなければならないのは、上司部下間のパワハラに限ったことではありません。同僚同士のトラブルも、それが一方に強い心理的負荷を与えるようなものである場合には、解決に乗り出さなければなりません。

 また、「証拠がないから何もできない」で放置するのは安全配慮義務との関係で問題となる可能性があります。

 そのことを指摘したうえで、相談者としては、会社に対し、

もっと徹底した調査を行うこと、

会社内部での調査に限界があるのであれば、犯人特定のため、器物損壊や建造物損壊で警察に告訴すること、

倉庫に出入りしている限られた人間と離れるため、相談者自身又は限られた人間を、他部署に配置転換すること、

などを求めて交渉する余地もあるのではないかと思います。

 「このまま我慢するしかないのでしょうか」との相談に対しては、以上のような回答を示すこともできるかも知れません。