弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラによる精神障害-会社側に求められている被害者対応の水準は意外と高い?

1.セクハラによる精神障害と労災

 セクシュアルハラスメントによる心理的負荷で精神障害を発症した場合、労災認定を受けられる可能性があります。

 より具体的に言うと、

「胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって、継続して行われた場合」

「胸や腰等への身体接触を含むセクシュアルハラスメントであって、行為は継続していないが、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合

「身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、発言の中に人格を否定するようなものを含み、かつ継続してなされた場合」

「身体接触のない性的な発言のみのセクシュアルハラスメントであって、性的な発言が継続してなされ、かつ会社がセクシュアルハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった場合」

には強度の心理的負荷がかかるとして、労災認定の可能性が認められています(基発第1226第1号 平成23年12月26日 改正 基発0529第1号 令和2年5月29日「心理的負荷による精神障害の認定基準について」参照)。

https://www.mhlw.go.jp/content/000638820.pdf

 セクシュアルハラスメントによる精神障害の労災認定に特徴的なのは、行為が止んだ後に精神障害が発症した場合であったとしても、そこに会社側の適切な対応の欠如という媒介項が認められる場合、労災認定が認められることです。

 つまり、胸腰に触るなどの行為が行われなくなって、しばらく間を置いて(概ね6か月以内という目安はありますが)精神障害が発症した場合でも、労災認定が認められる可能性があります。

 昨日ご紹介した札幌地判令2.3.13労働判例1221-29国・札幌労基署長(紀文フレッシュシステム)事件は、会社側の適切な対応の欠如が労災認定に繋がったという意味においても、興味深い事案です。

2.国・札幌労基署長(紀文フレッシュシステム)事件

 この事件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 原告となった女性は、チルド商品の配送等を業とする株式会社のA2センターで働いていた方です。別部署A1センターのセンター長Bからセクシュアルハラスメントを受けたことなどが原因で精神障害(うつ病)を発症したとして、療養補償給付や休業補償給付の支給を請求しました。しかし、労基署長から業務起因性がないとして不支給処分を受けたことから、不支給処分の取消訴訟を提起したという流れです。

 原告がセクシュアルハラスメント等として構成したのは、Bが、

① 平成27年6月27日に原告が気持ち悪さを感じるような態様で、その頭を3回なでたこと、

② 平成27年7月16日に「この匂い、甲野さん?」と言いながら、原告の胸や脇の辺りに顔を近づけて匂いを嗅いだこと、

③ 平成27年8月中旬頃、菓子を口に含んだ上、顔を原告に近づけて、口移しするようなしぐさをしたこと、

④ (時期不特定)原告の容姿につき「眼鏡を外した方がかわいいよ」「かわいい」などと言ったこと、

⑤ 平成27年8月25日に「甲野さん、うまいしょう」「ねえ、ここでして、ここでしてよ。」などと言いながら股間を指さして性行為(口淫)を求めたこと、

⑥ 平成27年8月26日に「何で結婚したの。」などと言ったこと、

の六点です。

 この事案で特徴的なのは、最後のハラスメント行為と精神障害の発症時期との間に一定の時間的間隔があることです。

 具体的に言うと、裁判所は、原告の精神障害(うつ病)の発病時期を、「平成28年1月上旬」と認定しています。最後のハラスメント行為から4か月以上の空白期間があることになります。

 この4か月を架橋する心理的負荷要因になっているのが会社の対応の鈍さであり、裁判所は次のとおり判示して、労災処分の不支給処分を取り消しました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成27年9月4日、A2センター長のGに対し、Bからセクシュアルハラスメントを受けている旨報告したが、Gは、これをさらに上司に報告することなく、そのまま放置していたものである・・・

「また、原告は、同月6日、匿名で経営管理部長であり内部通報の担当者であるEに対し、セクシュアルハラスメントを受けている旨のメールを送信し・・・、また、同月9日、D及びEとの面談の際、Bからセクシュアルハラスメントを受けたことを報告したが、Eからは『ちょっといいです。もう。ちょっとね。』と報告を止められ、それ以上の聞き取りは行われなかった・・・。その後も原告は、Eに対し、Bからセクシュアルハラスメントを受けた旨のメールを繰り返し送信し、同年10月19日には『お待ちしています。お話を聞いてください。』として再面談を求めるメールを送信したが・・・、その間、Eによる再面談は行われておらず、この時点で本件会社が原告の心理的負荷を軽減するような適切かつ迅速な対応を行ったということはできない。」

「さらに、本件会社は、同月24日以降、Eによる原告及びBとの各面談を実施し、調査結果の内容をまとめた書面を作成した上、対応策を検討しているものの・・・、その検討状況等については、原告が同年12月16日に問い合わせるまでの間、『何をどう調査しているのか、何か注意をしたのか』も含め、原告に何も知らせていなかったのであって・・・、原告を不安な状態に置いたままにしておいたものである。

「そして、Eは、同月24日、原告に対し、Bに厳重指導を実施した旨のメールを送信しているが・・・、その後も、パーテーションの設置や原告及びBの配置の変更は行っておらず、その他原告とBとの接触を回避するような措置も取らなかったものである・・・。

「以上によれば、本件会社は、Bによるセクシュアルハラスメントにつき、少なくとも原告が認識し得る形で対応したことはなく、Bによる接触を回避する措置も採らなかったものであって、原告が精神障害を発病した平成28年1月上旬までの間、『適切かつ迅速に対応し発病前に解決した』ものということはできない。」

「したがって、Bによる一連の行為は、『胸や腰等への身体的接触を含むセクシュアルハラスメントであって、行為は継続していないが、会社に相談しても適切な対応がなく、改善されなかった又は会社への相談等の後に職場の人間関係が悪化した場合』に該当するのであって、これに、上記・・・において指摘した諸点も併せて考慮すると、その心理的負荷の評価は『強』となるものというべきである。

3.被害者を蔑ろにしない、迅速な対応が必要

 本件で興味深いのは、会社が一応の対応はしていることです。面談の求めを一定期間放置するなど不親切なのは確かなのですが、原告の訴えを完全に無視しているというわけではなく、調査結果を書面にまとめ、対応策を検討し、Bに対して厳重注意を実施しています。問い合わせに対してメールでの回答もしています。

 裁判所の事実認定によると、

原告による内部通報担当者Eに対するメールの送信が平成27年9月6日で、

原告とEとの面談の実施が平成27年10月24日、

EによるBとの面談が平成27年10月25日、

となっており、途中のメールが匿名であったことも考えると、調査への取り掛かりが極端に遅いというわけでもないように思います。

 パーテーションの設置についても、

「本件会社において、パーテーションの設置や、原告及びBの部署ないし座席の変更について検討がされたものの、別の従業員が閉所恐怖症であったことや、その他の従業員らから否定的な見解が寄せられたことなどもあり、これらの措置はとられなかった」

との事実が認定されており、検討することなく放置されたというわけではなさそうです。

 しかし、裁判所は、会社の措置を適切かつ迅速な対応とは認めませんでした。

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟であり、会社の責任を問う損害賠償請求訴訟ではありません。

 しかし、業務起因性の判断は、過失や相当因果関係の判断とかなり密接な関係にあるため、会社側の対応を消極的に評価した本件裁判例は、損害賠償請求訴訟との関係でも一定の意味を持ってくるのではないかと思います。

 裁判所がセクシュアルハラスメントの被害者対応として求めている措置の水準は、意外と高く、本件は被害者が会社側の迅速かつ適切な対応を促したり、損害賠償を求めたりすることに対し、あまり悲観的になる必要がないことを示すという意味においても、画期的な裁判例だと思います。