弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

録音する時の留意点-発言の価値は、録音状況や質問の仕方とのセットで決まる

1.録音の重要性

 ハラスメントを事件化する時、録音の存否は事件の見通しに大きく影響します。確たる証拠がないのに、相手方がハラスメントの存在を素直に認めることは、先ずないからです。相手方が事実の存否を争った場合、ハラスメントの事実は当方で立証しなければなりません。そして、余程の裏付けがなければ、裁判所はハラスメントの事実の立証があったとは認めてくれません。

 ただ、ハラスメントを受けている場面そのものを録音できなかったとしても、直ちに悲観的になる必要はありません。何気ない会話を装って、過去にハラスメントを構成する事実があったことを認める発言を録音できる場合があるからです。

 証拠がなければ、裁判はできません。しかし、証拠がないというのは、

① 現在証拠が存在しないことに加え、

② 新たに証拠を作ろうとしても作れなかったこと

を意味します。

 もちろん、新たに証拠を作るといっても、証拠の偽造のような倫理的に問題のある行為に及ぶわけではありません。しかし、相手方との会話を録音して来るようにアドバイスする程度のことはすることがあります。そして、法律相談の場面で言質をとる方法をアドバイスし、それに基づいて依頼人が録音を取ってきて、事件化に繋げられた例は、個人的な経験の範囲内でも相当数あります。

 ただ、この証拠の作り方は、割と難しいことが珍しくありません。

過去の出来事を話題にすることが自然な状況を、どのように作り出すのか、

当方に都合の良い発言を引き出すために、どのような発問をするのか、

といったことなど、予め準備しておかなければならないことも、多々あります。

 これが上手く行かないと、そもそも言質となる言葉を録音できなかったり、録音できたとしても証拠としての価値が低くて裁判所を説得する材料にならなかったりします。

 近時公刊された判例集にも、原告側で証拠の作出に失敗したと思われる事案が掲載されていました。東京地判令2.3.26労働判例ジャーナル102-52 国・大町労基署長事件です。

2.国・大町労基署長事件

 本件は労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 本件の原告は、カーエアコン用ゴムホース及びアルミ配管類の開発・製造等を業とする株式会社で勤務していた方です。上司及び同僚による勤務中のパワーハラスメント等により強い心理的負荷を受け、適応障害を発症したのが業務上の疾病に該当するとして、労基署長宛てに療養補償給付を請求しました。これに対し、労基署長が不支給処分をしたことから、処分の取消を求めて出訴しました。

 原告がハラスメントとして構成した事実は幾つかありますが、その中の一つに、

「h部長、d(原告の上司 括弧内筆者)、原告及びf(原告の同僚。原告はfを指導する立場にありました。括弧内筆者)の4名は、平成28年6月7日、長野工場で面談を行ったところ(以下『本件四者面談』という。)、その場において、h部長は、原告の態度が原因でfが病気になった等と断定的な口調で言い、d及びfも原告を責める内容の発言をするなど、上記3名から断定的かつ一方的に原告に責任があると決めつけるような発言がされた。」

「また、原告において、fが平成28年7月28日に出勤したことを翌29日にh部長に報告する旨をdに伝えたところ、急にdが興奮して、原告に対し、fが会社を休むようになったのは原告のパワーハラスメントが原因である旨一方的に何度も大声で罵った。

という事実がありました。

 この事実を立証するため、原告は、令和元年7月30日にdとの会話を秘密録音し、dが過去「原告がfに対してパワーハラスメントをした」と発言したことの言質を取ろうとしました。

 これに対し、dは部分的に「うん。」などと、これを認める回答をしましたが、裁判所は、次のとおり述べて、録音に証拠としての価値を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「原告は、fが平成28年7月28日に出勤したことを原告が翌29日にh部長に報告する旨dに伝えたところ、急にdが興奮して、原告に対し、fが会社を休むようになったのは原告のパワーハラスメントが原因である旨一方的に何度も大声で罵ったと主張し、同旨の供述をする。」

「しかし、dにとって、fが出社したという事実は、dの上司であるh部長に対して秘密にすべきものとは考えられず、fが翌週である8月1日から休職を予定していたことについて、同人及びdの共通の上司に当たるh部長に対して報告することはむしろ当然であると解されるところであり、その旨報告することをdに伝達したことを契機として同人が急に興奮したという経緯自体が不自然といわざるを得ない。また、原告は、令和元年7月30日における原告とdの会話内容をdに秘して録音したデータの反訳書・・・を提出するところ、これによれば、原告がfに対してパワーハラスメントをしたとdが発言をしたかという原告の質問に対して、dが『うん。』などと返答していることが認められるものの・・・、dは、同発言の有無を問いただそうとする原告に対して、むしろ『うーん』などと明確に答えないことが多く、『ごめん。この話をここでするのは。』・・・、『今、ここで、裁判の話は止めましょう。』・・・と何度も会話を打ち切ろうとしたのに対し、原告は、会話を録音しており、会話内容の記録媒体を後に本件訴訟において証拠として提出することを予定していたことがうかがわれる状況であったにもかかわらず(現に証拠として提出されている。)、『ちがう。裁判じゃなくて。』・・・などと、なおも本件訴訟とは関係ないと言いつつ訴訟における自身に有利な発言を引き出そうと質問を繰り返し、最終的にdが『今、僕は、立場としては言えないです。』・・・として返答を拒否したことが認められる。このような両者の会話がされた状況や会話の内容全体を考慮すると、原告がfに対してパワーハラスメントをしたとdが発言をしたかという原告の質問に対して、dが部分的に『うん。』などと返答していることをもって、dが上記発言をしたことを認めるのは困難である。

「以上によれば、dが原告に対し、fが会社を休むようになったのは原告のパワーハラスメントが原因である旨一方的に何度も大声で罵った旨の原告の供述を採用することはできず、他にdが原告に対して上記内容の罵倒をしたことを認めるに足りる証拠はない。」

3.録音は言葉だけ取れればいいというものではない

 相談者の中には、予め録音を証拠として持参して来られる方もいます。ただ、そうした録音を聞いていると、あからさまに失言を誘うような質問をしていたり、特定の答えを求めて執拗な質問をしていたり、遠回し・暗示的な言い回しで問いかけをしたりしていて、証拠としての価値に疑問符がつくものも少なくありません。

 録音は言葉尻だけ補足できればいいというものではありません。望む文言がとれているというのは最低限度の要請を満たしているにすぎず、それだけで十分というわけではありません。発言は状況や質問と一体となって意味付けられます。そのため、どうやって状況を作出するか・どのような発問をするのかが、証拠収集活動として、非常に重要な意味を持つことになります。

 対象者を不必要に警戒させないためにも、録音をするにあたっては、どのような状況を作出したうえで録音に臨むのか、どのような質問をするのかについて、予め弁護士と法律相談をしてから実行することを推奨します。