弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

1か月単位変形労働時間制の導入は労働条件の不利益変更か?

1.1か月単位変形労働時間制

 労働基準法32条の2第1項は、

「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。

と規定しています。

 これは、いわゆる1か月単位変形労働時間制の根拠条文です。

 1か月単位の変形労働時間制を採用すると、1日8時間という法定労働時間の縛りを超えて所定労働時間を定めることができます。

 しかし、労働事件には一定の上限が課せられているため、1日8時間を超える所定労働時間が定められることがある一方、1日8時間を下回る所定労働時間が定められる日も生じます。

 このように労働時間が凸凹するものの、均すと平坦になるといった仕組みを導入することは、労働条件の不利益変更に該当するのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令7.7.3労働経済判例速報2603-3 三和エンジニアリング事件です。

2.三和エンジニアリング事件

 本件で被告になったのは、国内企業、外資系企業への労働者派遣業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは被告の元従業員です。

 本件は、原告が被告に対して未払時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求する訴えを提起した事件です。

 この事件には幾つかの争点がありますが、その中の一つに、就業規則の改定に伴う1か月単位変形労働時間制の導入の効力がありました。

 裁判所は、次のとおり述べて、就業規則改定に伴う1か月単位変形労働時間制の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

変形労働時間制は、労基法が定める労働時間規制の例外として、使用者が同法32条所定の労働時間を超えて労働者を労働させることを認めるものであるから、新たに1か月単位の変形労働時間制を導入した本件改定は労働条件の不利益変更に当たる。したがって、これが原告に適用されるためには、労働契約法10条が定める周知性が認められることが必要となる。

「この点、前記認定事実・・・のとおり、本件事務所においては、就業規則等が綴られたファイルが被告の担当者のロッカー内に保管されていたことが認められるところ、被告は、上記担当者が他の従業員に対して就業規則等の保管場所や就業規則等を自由に閲覧することができる旨を口頭で伝達していたと主張し、被告の従業員であるEもこれに沿う供述をしている。」

「しかしながら、Fは、本件事務所の担当者に対して就業規則等の保管場所や保管方法について特段の指示はしておらず、本件事務所における就業規則等の保管場所も把握していなかったことからすれば、本件事務所における就業規則等の保管場所や保管方法については基本的に担当者に一任されていたと認められる。また、被告は、原告から就業規則の周知方法について尋ねられた際も、依頼に対して個別に提示している旨を回答しており、本件事務所に備付けている旨やその保管場所等を回答することはしていない・・・。これらの事情に照らすと、本件事務所における就業規則等の保管が従業員に対する周知という趣旨で行われていたとは認められないから、本件事務所で勤務する従業員に対して就業規則等の保管場所やこれを自由に閲覧することができる旨に関する周知が徹底されていたかについては疑問が残るといわざるを得ない。」

「そうすると、原告を含む本件事務所において勤務する従業員全員に対して就業規則等の保管場所やこれを自由に閲覧することができる旨について漏れなく口頭で伝達されていたとするEの供述を全面的に採用するのは難しく、上記事実を認めることはできないというべきである。」

「以上のとおり、本件では、本件規定等が本件事務所の担当者のロッカーにおいて保管されていたことは認められるものの、そのことや上記のロッカー内に保管されている本件規定等を他の従業員も自由に見ることができる旨が原告に対しても告知されていたとは認められない。なお、本件規定等が保管されていたロッカーは担当者のみが使用する個人ロッカーであったから、原告等の他の従業員が無断で当該ロッカーの中を確認して本件規定等を閲覧するということも通常は想定することができない。したがって、本件規定等について原告に対する実質的な周知がされていたとはいえない。」

「以上からすると、本件規定等は原告に対する周知性に欠けるから、これらの定めは原告との関係では効力を持たず、原告に対しては本件規定等で定められた1か月単位の変形労働時間制が適用されないこととなる。」

「したがって、原告の所定労働時間については、本件改定後においても従前の契約内容・・・及び本件改定前就業規則のとおり、1日8時間となる。また、令和3年3月31日付け再雇用契約書の締結後においても、同契約書による合意内容のうち所定労働時間が1日8時間を超える部分については無効となる(労基法32条2項)。」

「なお、被告は、原告は本件事務所での勤務開始当初から実質的な変形労働時間制の下で長年にわたり勤務をしてきたものであるから、就業規則等の形式的な不存在のみを理由に未払賃金を請求することは権利の濫用(民法1条3項)に当たるとも主張する。」

「しかしながら、就業規則等において変形労働時間制に関する定めが置かれていない以上、労基法32条の定める労働時間を超えて労働者を労働させることは原則として違法であり、本件では、本件改定前就業規則では変形労働時間制に関する定めが置かれておらず、また、本件規定等の周知性に不備があるなど、被告の対応にも問題があったといわざるを得ない。したがって、原告の請求が権利の濫用に当たるとはいえず、被告の上記主張は採用することができない。」

3.労働条件の不利益変更にあたる

 以上のとおり、裁判所は変形労働時間制の導入を労働条件の不利益変更に該当すると判示しました。

 柔軟な働き方などと脚光を浴びることもありますが、変形労働時間制による変則的な勤務は身体に与える負荷も高く、普通に考えればその導入は労働条件の不利益変更にあたると言って良いのではないかと思います。

 裁判所の判断は、変形労働時間制の導入の効力を争うにあたり、実務上参考になります。