弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

経営環境が異なるにもかかわらず、タイムカードのある期間からない期間の時間外労働時間数を推計することが認められた例

1.残業時間の推計

 残業代(時間外勤務手当等)を請求するにあたっては、労働者側で、

「日ごとに、始業時刻、終業時刻を特定し、休憩時間を控除することにより、(時間外労働等の時間が-括弧内筆者)何時間分となるかを特定して主張立証する必要」

があるとされています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔青林書院、改訂版、令3〕169頁参照)。

 そのため、労働時間の全部又は一部が管理されていない会社に対する残業代請求は、しばしば立証責任の壁に阻まれます。刑事罰は殆ど機能していないため、残業代を踏み倒そうとする会社にとっては、労働時間管理を「しない」という選択が最も経済合理性に適う選択となっています。

 ただ、労働時間管理を放棄したり、タイムカードを破棄したりする会社が利得させることに問題意識を持つ裁判官も決して少なくはなく、始業時刻や終業時刻、あるいは、残業時間を推計することを許容する裁判例も相当数存在します。特に、タイムカード等の客観的な証拠が一部分でも存在する期間がある場合、その期間のデータから、客観的な証拠のない期間の始業時刻や終業時刻・残業時間を推計する手法は、比較的よく採用されています。

 しかし、この「一部期間から他の期間の残業時間を推計する」という主張を通すにあたっては、推計の基礎があること、言い換えると、仕事に波がないケースである必要がありました。

 このような状況の中、近時公刊された判例集に、経営環境が異なるにもかかわらず、タイムカードのある期間からない期間の時間外労働時間数を推計することを認めた裁判例が掲載されていました。一昨日、昨日と紹介している、東京地判令7.3.31労働判例ジャーナル162-48 越後物産事件です。

2.越後物産事件

 本件で被告になったのは、麺類の製造、卸売、小売、食品の販売等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員です。賃金減額の同意の成立や、排水溝やゆで釜の修理費等を賃金から控除する合意の成立を否定して未払賃金の支払を求めたほか、未払時間外勤務手当等(いわゆる残業代)を請求したのが本件です。

 本日、焦点を当てたいのは、残業代請求との関係です。

 本件では、被告がタイムカードの一部を破棄していたため、タイムカードのある期間とない期間とがありました。

 原告は、次のとおり述べて、タイムカードのある期間からない期間の残業時間を推計すべきだと主張しました。

(原告の主張)

「タイムカードが提出されていない期間についても、タイムカードが提出されている期間(令和3年12月分及び令和4年1月分)における1か月当たりの未払割増賃金の平均額に相当する未払割増賃金が発生していると推定することができる。」

 これに対し、被告は、次のとおり述べて、推計することを争いました。

(被告の主張)

「タイムカードが提出されていない期間は、新型コロナウイルス感染症の流行が最も影響を及ぼしていた時期であって、緊急事態宣言及びまん延防止等重点措置の発令により飲食業の売上が激減していた。これに対し、タイムカードが提出されている期間は、緊急事態宣言等が発令されておらず来客数が多少なりとも回復していたのであるから、原告が主張するような未払割増賃金の推定はできない。」

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、一定の限度で推計を許容しました。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり原告の休憩時間を3時間30分とすると、タイムカードが提出されている期間における原告の実労働時間は別紙5記載のとおりとなり、1月当たりの法内残業時間は11時間24分ないし15時間24分、法外残業は11時間8分ないし16時間41分となる(別紙6参照)。」

「この点、タイムカードが提出されている期間については、それ以前のタイムカードが提出されていない期間に比べると、新型コロナウイルス感染症の流行が落ち着きつつあり、客数も回復傾向にあったと考えられる。もっとも、本件割増賃金請求に係る期間を通じて本件店舗の営業時間については変更がなく、仮に客数が少ないときであっても閉店時刻後に一定の業務を行う必要があったと考えられる。また、原告に支給されていた所定時間外賃金の額(別紙6の『割増賃金額』『既払額』の欄記載の金額。なお、これらの金員が原告に対する時間外割増賃金として支払われたことについては当事者間に争いがない。)を見ると、月によって異なるものの、タイムカードが提出されている期間の額がそれ以前のタイムカードが提出されていない期間と比較して顕著に増加しているともいい難い。なお、本件割増賃金請求に係る期間のうち一部期間のタイムカードが提出されていないのは、被告において既に同期間のタイムカードが破棄されていたことによるものである。」

これらの事情を総合考慮すれば、タイムカードが提出されていない期間については、原告において、1か月当たり法内残業及び法外残業各10時間の限度で時間外労働をしたものと認めるのが相当である。

3.経営環境が異なることを前提としつつも、総合考慮のもと一定の推計が許容された

 本件で目を引かれるのは、新型コロナウイルスの流行期/新型コロナウイルスの影響からの回復期といったように、経営環境が異なることを指摘しつつ、推計を認めていることです。

 従来、ある期間から別の期間の残業時間を推計してもらうためには、業務量が平準であるなどの推計の基礎が相当できる必要がありました。本裁判例も、推計を行うことの許容性については相当程度、気を遣っていることは確かだと思います。

 それでも、経営環境が異なる期間の間での推計を認めたことは注目に値します。

 裁判所の判断は、労働時間管理をしない型の会社/労働時間に関する証拠を破棄隠滅するタイプの会社に残業代を請求して行くにあたり、実務上参考になります。