弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就労請求権の存否が問題になった例(牧師-否定)

1.就労請求権

 使用者に労働することを請求する権利を、就労請求権といいます。

 代表的な裁判例は、

①労働契約等に就労請求権についての特別の定めがある場合、

または

②労務の提供について労働者が特別の合理的な利益を有する場合、

を除き、一般的に労働者は就労請求権を有するものではないとの考え方を採用しています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕249頁参照)。

 つまり、原則的には否定されるものの、例外的には肯定される場合があるということです(上記①、②の場合)。

 就労請求権の存否は、しばしば裁判所でも争いの対象になります。これまで就労請求権が認められた職種としては、大学教員、調理人、医師などがあります(上記『詳解 労働法』249-250頁参照)。

 この就労請求権の存否をめぐる争いに一例を加える裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した、大阪地判令4.2.10労働判例ジャーナル125-38 在日本南プレスビテリアンミッション事件です。

2.在日本南プレスビテリアンミッション事件

 本件で被告になったのは、キリスト教の教義を広め、儀式行事を行い、信者を教化育成することを目的とすると共に、病院(本件病院)を運営している宗教法人です。

 原告になったのは、牧師資格を有している女性で、被告との間で定年後に嘱託職員雇用契約(本件再雇用契約 係争中に更新されており、最新のものが「本件再雇用契約〔2〕」)を締結して働いている方です。

 本件では複数の請求が掲げられましたが、その中に、

被告は、原告に対し、令和3年4月1日から令和4年3月31日までの嘱託職員雇用契約に基づいて、別紙記載の労働条件で就労させよ

という請求がありました。

 ここでいう別紙記載の労働条件とは、次のようなものです。

勤務日 月曜日、火曜日、木曜日及び金曜日

本件病院と老健施設における平日朝のメッセージの回数 月1セット(本件病院及び老健施設の両施設において1か月に1回ずつ)

賃金 基本給 月20万9950円

   伝道手当 月10万5000円

 上記の「メッセージ」とは日常語でいうメッセージとは異なり、「礼拝等の場において行う司式と説教」を意味します。

 原告がこのような請求を掲げて訴えの提起をしたのは、勤務日数を週3にされたうえ、メッセージの担当を外されたからでした。原告の方は、

「被告は、入院患者への寄り添い業務はチャプレン室全体で対応すべきものであり、原告一人が突出して行うべきではないとして、原告の勤務日数を週4日から週3日にしたが、原告の寄り添い業務の時間と機会を取上げることは、入院患者にとっても本件病院の理念・・・にとっても好ましくなく、原告や入院患者に理由のない精神的苦痛を与えるだけである。」

「原告がチャプレンとして提供する労務は、本件病院のような医療を通じてキリストの福音を伝えることを目的とする病院とその関連施設でなければ提供することができない極めて特殊な労務である。そのため、原告は、労務の提供について特別の利益を有するため、被告に対して別紙記載の労働条件での就労請求権(本件就労請求権)を有している。」

などと主張し、上記の条件で就労させることを請求しました(チャプレン=宗教上の礼拝・説教・牧会・宣教等に従事する聖職者のこと)。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の就労請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「労働契約は、労働者が使用者の指揮命令に従って労務を提供する義務を負い、使用者はこれに対して賃金を支払う義務を負うことを要素とする契約である(民法623条、労働契約法6条参照)。このような労働契約の性質からは、労働者が提供した特定の労務を使用者が受領する義務を基礎づけることはできず、個別の労働契約の内容や当該契約関係上の特別の事情などの根拠を要する。」

「以上によれば、労働者は原則として使用者に対して就労請求権を有さず、個別の労働契約等において特別の定めがある場合や当該労働者の業務の性質上労務の提供について特別の合理的な利益を有する場合などの特段の事情がある場合に限り、就労請求権を有するものと解するのが相当である。

「そこで、以下では、本件就労請求権のメッセージの実施について、上記特段の事情が認められるか否かについて検討する。」

(中略)

原告は、労務提供上の特別な利益として、チャプレンの労務は、本件病院のような医療を通じてキリストの福音を伝えることを目的とする病院とその関連施設でなければ提供することができない極めて特殊な労務である点を挙げる。しかし、証拠・・・によれば、メッセージはチャプレン以外に信仰告白をしたものであれば担当できる業務であることが認められる。また、メッセージを担当しないことによって、原告の他の業務に支障が生じるなどの事情は認められない。したがって、原告の上記主張は、労務の提供について特別の利益を基礎づける事情に当たるものではないから、採用することができない。

「以上のとおり、本件では、就労請求権を認める特段の事情は認められないから、本件就労請求権は認められない。」

3.肯定されても良さそうには思われるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、特別の利益が認められないとして、牧師の就労請求権を否定しました。

 しかし、牧師の仕事は、職務であると同時に、個人にとっての宗教的行為でもあります。特定の信仰を有している人にとって、その仕事に従事することは、何物にも代えがたい価値があるのではないかと思います。

 個人的には就労請求権が認められることが相当な職種だと思っていたため、今回の裁判所の判断は残念に思います。