弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公務員も異動には逆らいにくい

1.整理解雇の制限と広範な配転命令権

 本邦の法律上、労働者の責めによらない、いわゆる整理解雇を行うことは、厳格な制限が課せられています。その代わり、使用者には、滅多なことでは無効にならない、広範な配転命令権が付与されています。そして、整理過去を行うに先立っては、配転命令権を行使するなどして、解雇回避努力を尽くしたかどうかが問われることになります。

 公務員の場合、民間の労働者の整理解雇に対応する扱いに「分限」という処分があります。これは職員の責任の有無にかかわらず、公務能率を維持するために行われる処分です。余剰人員を整理する場合、分限免職という処分が行われます。

 この分限免職処分は、公務員の地位を喪失させるという重大な権利侵害を伴いますが、整理解雇ほど厳格な制限が課せられているわけではありません。

 例えば、福岡高判昭62.1.29労働判例499-64 北九州市病院局長事件は、地方公務員の分限免職の場面で、

「分限免職処分を回避するための措置として、余剰人員の配置転換を命ずる義務があるとすることは、任免権者の人事権、経営権を制肘することを認めることになり妥当でなく、ただ、過員整理の必要性、目的に照らし、任免権者において被処分者の配置転換が比較的容易であるにもかかわらず、配置転換の努力を尽くさずに分限免職処分をした場合に、権利の濫用となるにすぎない」

と分限回避義務に消極的な判断をしています。

 近時、旧社会保険庁の解体に伴う職員への分限免職処分の適否が争われた裁判例において、分限回避義務が認められた裁判例も散見されるようになっていますが、整理解雇と同じレベルで保護されると言うにはほど遠いのが実情ではないかと思います。

分限回避義務 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 それでは、分限免職処分に対して脆弱であるとして、配転命令に対しては、どのように理解されているのでしょうか? 分限免職処分が比較的広く認められていることは、配転命令権の効力の有無の判断に、何等かの影響を与えているのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日も紹介した東京地判令2.10.8労働経済判例速報2438-20多摩市事件です。

2.多摩市事件

 本件で被告になったのは、普通地方公共団体である多摩市です。

 原告になったのは、被告の職員として勤務していた方です。人事権を濫用した違法な転任処分を受けたことにより、自立神経失調症に罹患して病気休職に追い込まれ、更にはハラスメントによって退職を余儀なくされたとして、被告に対し、債務不履行ないし国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事件です。

 原告が人事権の濫用だと主張したのは、子育て支援課から学校給食センターの調理所への異動です。原告は、これを、違法な補助金支出の問題を調査していたことに対する報復で、閑職に追いやる左遷人事だと主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、人事権行使を適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件人事異動は、平成27年10月期の定期人事異動の一環として行われた転任処分であるところ、原告の異動元である子育て支援課は、当時、1名の過員状態にあったため、上記定期人事異動の際に職員1名を異動させることによって過員調整(減員)を図る必要があったことが認められる。そして、上記・・・で認定した事実によれば、

〔1〕被告においては、新入職員のキャリアプラン上、10年間で3か所の職場を経験させることを想定しているところ、原告は、本件人事異動時点における子育て支援課での勤務期間が約2年6か月となっており、本件人事異動の直前に提出した職員意向調査票において、直近の上記定期人事異動での異動を希望していたこと、

〔2〕原告が担当していた業務内容及び業務の進捗状況に照らし、原告が子育て支援課から異動することは可能な状況にあったことが認められることを併せ考慮すると、

上記定期人事異動の際に原告が子育て支援課からの異動の対象となったことについては、必要性及び合理性が認められる。

「他方、上記・・・で認定した事実によれば、原告の異動先である南野調理所は、子育て支援課よりも総じて業務量の少ない部署であったものの、原告は、学校給食費会計予算に関する業務や学校給食センター運営委員会に関する業務のほか、庶務的業務の担当も任されており、原告及び南野調理所長以外にはフルタイム勤務の職員がいなかったこともあって、予算編成時や決算時期などには繁忙となることもあったことや、本件人事異動当時、学校給食センターは、平成30年度から給食業務を民間の事業者に大規模に委託するための指名型プロポーザルを近いうちに実施することが計画されていたため、事務職員の業務量が増えることが予想されており、原告もこれらの業務を担当することが想定されていたことが認められる。」

「以上に加えて、原告を含む一般事務の職種で採用された職員については、全ての部局に異動する可能性があったことも併せ考慮すると、原告の異動先が南野調理所とされたことをもって、原告が閑職に左遷されたなどということはできない。

(中略)

「以上のとおり、本件人事異動について、被告に不当な動機又は目的があったとは認められないから、本件人事異動は、人事権を濫用したものということはできない。」

3.民間と大差があるようには思えない

 民間の場合、配転命令権行使の適否は、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」(最高裁判例最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)

 本件の原告は、職員以降調査票で異動の希望を出していたものの、その理由については「大学は商学部であり、以前から会計に大変興味がある。子育て支援課でも国・都負担金や補助金業務、保育所への指導検査(会計面)など、数字を扱う業務に携わり、会計について自分の能力を高めていきたいという気持ちが強くあるため」と記載していました。給食センターの調理所に行くことは、全く想定していなかったのではないかと思われます。

 しかし、本件の裁判所は、民間で用いられている配転の可否に関する判断枠組に準拠し、不当な動機・目的が認められないとして、比較的簡単に異動を有効と判示しているように思われます。

 広範な配転命令権は、厳格に解雇権の行使が制限されていることの引き換えとして記述されることが少なくありません。しかし、分限免職処分が可能な公務員にも同様の発想がとられていることを考えると、その根拠は、別の何かに求められるのかも知れません。