1.ハラスメントの慰謝料
労働契約法5条は、
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
と規定しています。
また、労働施策総合推進法30条の2第1項は、
「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」
規定しています。
こうした規定があることから、使用者には、職場環境配慮義務があり、同義務に違反してハラスメント行為を放置することは許されないと理解されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕270頁参照)。
そのため、ハラスメントを受けたにもかかわらず、勤務先から適切な保護措置をとってもらえなかった労働者は、理論上、
① ハラスメント行為自体によって生じた精神的苦痛の慰謝料、
② ハラスメント行為を放置されたことによる慰謝料、
の二つの慰謝料を請求することができます。
この二つの慰謝料は意識的に区別されないことも少なくありませんが、近時公刊された判例集に、明確な振り分けをした裁判例が掲載されていました。
東京地立川支判令2.7.1労働判例1230-5 福生病院企業団(旧福生病院組合)事件です。
2.福生病院企業団(旧福生病院組合)事件
本件は公立福生病院(本件病院)に勤務していた原告が、
本件病院の事務次長であったAからパワーハラスメントを受けたこと(①)、
その当時の本件病院の事務長BらがAのパワーハラスメントについて適切な対応を取らなかったこと(②)、
を理由に損害賠償を請求した事件です。
原告の方は、①、②の慰謝料を意識的に切り分けており、①の慰謝料は国家賠償法に基づいて、②の慰謝料は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づいて請求しました。
これに対し、裁判所は、Aがパワーハラスメントに及んだことを認めたうえ、次のとおり述べて、被告(福生病院企業団)に対し、①の慰謝料として80万円、②の慰謝料として20万円を支払うよう命じました。
(裁判所の判断)
「A事務次長が原告に対して行った行為は、前記・・・のとおり、『精神障害者』、『生きてる価値なんかない』、『嘘つきと言い訳の塊の人間』、『最低だね。人としてね。』などといった著しい人格否定の言葉を投げつけるほか、時に事務室内の衆人環境や、会議中の他の管理職の面前において、また時に長時間にわたって、合理的理由に乏しい執拗な叱責を一方的に浴びせるものであり、少なくとも4か月にわたってパワーハラスメント行為が繰り返されていることも考慮すると、全体として悪質と評価するほかない。前記・・・のとおり、A事務次長に、原告を精神疾患に陥れる積極的意図までは認められないものの、これら行為の内容、程度に照らし、原告が適応障害に罹患したことは、無理からぬものというべきであって、その精神的苦痛は、重大であったと認められる。その他本件で認められる一切の事情を総合考慮し、A事務次長からパワーハラスメントを受けたことによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、80万円が相当であると認められる。」
「また、B事務長が、前記・・・のとおり、業務上の指揮監督を行う者として採るべき措置を怠ったことにより、原告の精神的苦痛は増大したものといえ、その他本件で認められる一切の事情を総合考慮し、これによる原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、20万円が相当であると認められる。」
3.慰謝料請求は書き分けた方が無難かも知れない
慰謝料は種々の事情を総合的に勘案して決められます。ハラスメント行為自体の慰謝料を請求するだけでも、金額算定にあたっては使用者側の放置行為が考慮要素となり得るため、結論に差異はなかったかも知れません。
しかし、慰謝料額の認定過程は明確に言語化されないことも少なくありません。担当裁判官が、①、②の慰謝料を明確に区別する考え方を採用していた場合、①のみを請求するだけでは、②が考慮要素として加味されないまま、慰謝料額が認定される可能性を、排除し切れるわけではありません。
そう考えると、ハラスメントを問題にする損害賠償実務においては、①、②を意識的に書き分けて請求しておいた方が無難かも知れません。