弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントの慰謝料が低すぎる問題-性器でかき混ぜた焼酎を飲まされて25万、小便をかけられて20万円

1.ハラスメントの慰謝料に冷淡な裁判所

 このブログでも何度か取り上げていますが、現在の裁判所の問題点の一つに、慰謝料に対する過度に謙抑的な姿勢があります。

 ハラスメントで認められる慰謝料は極めて低額です。

 以下の記事で紹介したとおり、身体的な暴力が伴っている事案や、下品極まりない侮蔑の言葉が浴びせられているような事案でも、数万円~10万円に留められることがあります。

従業員を何度となくバカと罵ることが業務の範囲を超えないとされたうえ、多数回頭を小突く・足を蹴とばすなどの身体的暴力の慰謝料が僅か5万円とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

競輪の師匠によるセクハラ発言「彼氏と遊んでセックスばかりしやがって」の慰謝料が僅か10万円とされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 昨日、自衛隊内で常軌を逸したハラスメントが行われた事案を紹介しましたが、この裁判例(熊本地判令6.1.19労働判例ジャーナル148-30 国・陸上自衛隊事件)からも、慰謝料額の相場が低すぎることが分かります。

2.国・陸上自衛隊事件

 本件で原告になったのは、陸上自衛隊の自衛官であった方です。被告上官である被告Dら(被告D、被告E、被告F、被告G、被告H)から暴行等を受け、心身に支障を来し、退職を余儀なくされたとして、被告らとその使用者である国に損害賠償を請求したのが本件です。

 本件の特徴の一つは、ハラスメント行為の異常性です。

 ハラスメントとして問題になった行為は多数に及びますが、その中には、

性器でかき混ぜた焼酎を飲むことを強要する、

小便をかける、

などの常軌を逸したものまで含まれていました。

 裁判所もこうした行為の違法性は認めましたが、慰謝料額については、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

・件行為〔7〕について

「被告Hは、平成31年1月21日午後8時過ぎ頃、被告F、被告G、被告D及び被告Eを誘い、本件隊舎の営内居室◎◎◎号で鍋を食べながら、本件駐屯地の売店で購入した缶ビールを飲酒し始め、清掃等のために同室に訪れた原告を引き留め、一緒に飲酒させた。その後、同人らは、焼酎を飲み始め、同日午後11時過ぎ頃、原告が1杯目の焼酎を飲み終えたことに気付いた被告Hが、焼酎と氷の入ったタンブラーを手に取り、『何か混ぜるものはないか』という趣旨の発言をしたところ、被告Gが自身の性器でタンブラーの中の焼酎と氷を混ぜて、当該タンブラーを被告Hに渡した。被告Hは、原告に対し、当該タンブラーに入った焼酎を飲むように言ってこれを渡し、原告は、当該焼酎を嫌そうに飲んだ。

・本件行為〔8〕について

「原告は、平成31年1月23日午後9時頃、本件隊舎の裏にある喫煙所において、携帯電話にイヤホンをつけた状態で友人と通話していた際、当該喫煙所に来た被告E及び被告Gに挨拶をした。被告Gは、原告に対し、『誰と電話しよると。』と問いかけ、『友達です。』との回答を得たが、続けて、重ねて『女だったら話させて。』と告げた。原告は再度『男です。』と答えた。」

「その後、被告Gは、その場で小便をし始めた。また、被告Eは、原告が上級者に対してあいさつをする際にイヤホンを外すのみで電話を切っていなかったこと等に立腹し、原告の左足に履いていたスリッパにかけるつもりで、原告に向けて小便をし始めた。その結果、被告Eの小便が原告の両足にかかった。

「その後、被告Gは、原告が通話していた携帯電話のイヤホンから、『うるしゃー』という原告の友人の声が聞こえたため、原告に対し、『誰や、イヤホンを外して電話を貸せ。』と言ってその電話を受け取り、原告の友人と口論となった。当該友人が通話を切ったため、被告Gは、原告に当該友人対して数回電話をかけさせたが、当該友人は通話に応じなかった。そのため、被告Gは、原告から当該友人の氏名や電話番号を聞き出し、自身の携帯電話で当該友人に電話を掛けたが、当該友人との通話はできなかった。被告Gは、原告に対し、『そんな奴とつるむなよ。』と告げた。」

「被告Eは、同日午後9時30分頃、被告Dに対し、LINEで『喫煙所にきて』と連絡した。被告Dは、その数分後に喫煙所に現れ、また、被告F及び被告Hもその場に居合わせることとなった。」

(中略)

「前提事実のとおり、原告は、令和2年9月30日に陸上自衛隊を退職したが、本件暴行等が判明した後、本件中隊は、平成31年3月23日付けで服務指導組織図や営内配置図の見直しを行い・・・、被告Dらは、原告に対して謝罪した・・・。また、原告の服務指導記録簿・・・には、本件中隊への復帰後、原告が陸上自衛隊を退職して友人と飲食店を開業したいと述べた旨記載されているほか、退職届・・・には、退職理由として、『家業の精肉業を継ぐ意志が出て来たので退職を決意いたしました』と記載されている。以上によれば、本件暴行等により、原告が退職を余儀なくされたとまでは認められないが、原告が本件暴行等の申告後、療養のため約2か月にわたり年次休暇及び休病気休暇を取得したこと・・・や、本件暴行等の悪質性を考慮すると、本件暴行等は、原告が陸上自衛隊を退職する理由の一つになったと認められる。」

「上記事情のほか、本件暴行等の各行為の態様や本件各行為が原告に与えた肉体的・精神的苦痛の程度を考慮すると、本件行為〔1〕ないし本件行為〔10〕についてのそれぞれの慰謝料は、以下のとおりに認めるのが相当である。」

(中略)

・本件行為〔7〕 25万円

本件行為〔7〕は、被告Gが自身の性器でかき混ぜた焼酎を被告Hから手渡された原告が飲酒を強要されたものであり、その内容が極めて侮辱的なものであり、原告において当時の被告Dらの関係からこれを断ることができず、飲酒せざるを得なかったことにより被った精神的苦痛が大きいものであったことは想像に難くない。したがって、その慰謝料としては25万円が相当である。

・本件行為〔8〕 20万円

本件行為〔8〕は、原告が被告Eに放尿されたものであり、その侮辱的な内容に照らすと、原告が受けた精神的な衝撃は大きいものであったことは想像に難くないから、物理的な衝撃としては大きなものではないことを考慮しても、慰謝料としては20万円が相当である。

3.25万円や20万円で慰謝されるといえるのか?

 上述のとおり、裁判所は、性器でかき混ぜた焼酎を飲まされたことについて25万円、小便をかけられたことについて20万円の慰謝料を認めました。

 しかし、こうした行為により受けた精神的苦痛が、この程度の金額で慰謝されるといえるのかは甚だ疑問です。被害者の立場に身を置いて考えた時、少なくとも私であれば、25万、20万といった金額をもらったところで許すという気持ちにはならないだろうし、多くの人も同じように感じるのではないかと思います。

 他の事案との公平性の問題があるため、個々の裁判官の一存で突然是正することが難しいことは理解できますが、このハラスメント慰謝料の相場水準の低さはどうにかならないものかと思います。