弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

停職処分の枠内において処分に質的な相違は存在するか?

1.地方公務員の懲戒の種類と質的な違い

 地方公務員法は、戒告、減給、停職、免職の四つの懲戒処分を規定しています(地方公務員法29条1項)。

 それぞれの懲戒処分には、質的な違いがあります。この質的な違いは、懲戒処分が過度に重いものになっていないのかを判断するにあたり、重要な意味を持ちます。

 しかし、減給処分の枠内での量定の違い、停職処分の枠内での量定の違いについて、それを常に単純な量的相違の問題として割り切ることができるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京高判令2.3.25労働判例ジャーナル103-96東京都・都教委(不起立)事件です。

2.東京都・都教委(不起立)事件

 本件は、いわゆる「日の丸・君が代訴訟」の一つです。

 卒業式において、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するようにとの職務命令(本件職務命令)に従わず、着席したまま起立しなかった教職員ら(控訴人P1、控訴人P2)に対し、処分行政庁(東京都教育委員会)は停職6か月の懲戒処分をしました。

 控訴人らは各処分の取消を求めて出訴しました。原審東京地裁は、P2に関する停職6か月は重すぎるとして処分を取り消しましたが、P1に対する停職6か月は過去の違反歴等も考慮すれば違法とはいえないとして処分の取消を認めませんでした。

 これに対し、P1が控訴して、改めて懲戒処分の取消の可否が争われたのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、停職6か月の処分の取消を認めました。

(裁判所の判断)

「これら(過去の違反歴 括弧内筆者)を踏まえたとき、本件職務命令に違反した本件P1不起立に対する懲戒処分につき、同処分の種類として停職処分を選択すること自体については、前記相当性を基礎付ける具体的な事情があるということができる。」

「そして、停職期間について検討すると、控訴人P1は、1回目の平成16年度卒業式における不起立行為につき平成17年3月31日給与6月の10分の1を減ずる懲戒処分を受け、2回目の平成17年度入学式における不起立行為につき同年5月27日停職1月の懲戒処分を受け、3回目の同年度卒業式における不起立行為につき平成18年3月31日停職3月の懲戒処分を受けているところ、2回目の不起立行為につき停職1月の懲戒処分を受けた後、再発防止研修でのゼッケン着用を巡る抗議等を行ったことによって給与1月の10分の1を減ずる懲戒処分を受けている。これらを考慮すると、3回目の不起立行為に対する処分の停職期間を2回目の不起立行為に対する停職処分の期間(1月)を加重した3月とすることは、その期間の選択が重すぎて相当ではないとはいえない。そして、4回目の平成18年度卒業式における不起立行為については、停職期間を6月とした平成19年3月の懲戒処分が取り消されているが、それまで不起立行為が繰り返されているほか、不起立行為に関連した非違行為が行われていること及びこれらに対する懲戒処分の内容を踏まえれば、少なくとも停職期間を3月とする限度で停職処分とすることはその期間の選択が重すぎて相当ではないとはいえず、また、5回目の平成19年度卒業式における不起立行為については、同非違行為のほかに、同年度の勤務時間中に上記語句が印刷された本件トレーナーを着用し、このことについて、再三にわたり、校長及び副校長から注意指導を受け、さらに本件トレーナー着用行為をしないようにとの職務命令を受けたにもかかわらず、その後も同行為を続けたことにより、これらが地公法32条、33条及び35条に違反するとして、これと併せて停職期間を6月とする懲戒処分がされたのであり(乙イ205~207)、同処分についても、その期間の選択が重すぎて相当ではないとはいえない。そして、6回目の本件P1不起立は、その翌年、再び不起立行為が繰り返されたものであり、これに対する懲戒処分を平成17年度卒業式及び平成18年度卒業式における各不起立行為に対するものとして重すぎて相当ではないとはいえない停職3月の懲戒処分よりさらに重くすることはやむを得ないものというべきである。」

「しかし、前記・・・の説示のとおり、停職処分は、それ自体によって被処分者に対して一定の期間、職務の停止及び給与の全額不支給という直接の職務上及び給与上の不利益が及ぶ処分であり、将来の昇給等にも相応の影響が及ぶほか、職員の懲戒に関する条例によれば、停職期間の上限は6月とされていて、停職期間を6月とする停職処分を科すことは、さらに同種の不起立行為を繰り返し、より重い処分が科されるときには、その処分は免職のみであり、これにより地方公務員である教師としての身分を失うことになるとの警告を与えることとなり、その影響は、単に期間が倍になるという量的な問題にとどまらず、身分喪失の可能性という著しい質的な違いを被処分者に意識させることになり、これによる被処分者への心理的圧迫の程度は強い。特に、控訴人P1の場合には、前記説示のとおり、その不起立行為の動機、原因は、控訴人P1の歴史観ないし世界観等に由来する『君が代』や『日の丸』に対する否定的評価等のゆえに、本件職務命令により求められる行為と自らの歴史観ないし世界観等に由来する外部的行為とが相違するというものであることに照らすと、その後も施行される入学式、卒業式では、少なくとも、控訴人P1は、その内心においては、上記歴史観、世界観等に反して本件職務命令に従うか、教師としての身分を失うことになるかの選択を迫られる状況に置かれることになる。

以上の事情を踏まえれば、本件P1不起立について停職期間を6月とする停職処分を科すことは、十分な根拠をもって慎重に行わなければならないものというべきであるところ、控訴人P1について過去に懲戒処分や文書訓告の対象となったいくつかの行為は、平成17年度卒業式における不起立行為についての平成18年3月の懲戒処分において考慮され、その後、同種の非違行為が繰り返されて懲戒処分を受けたという事実は認められない上、本件P1不起立は、以前において行われた掲揚された国旗を引き降ろすなどの積極的な式典の妨害行為ではなく、控訴人P2と同様の国歌斉唱時に起立しなかったという消極的な行為であって、卒業式の会場において不快に感じた参列者がいたことは否定できないものの、その限度にとどまるものであり、また、停職6月の平成20年3月の懲戒処分がされた後は、本件P1懲戒処分時まで、控訴人P1が、勤務時間中に、平成19年度の本件トレーナー着用行為のような行為をしたことはなく、また、その他の非違行為がされたことについては、これを認めるに足りる的確な証拠はない。これらのことを踏まえれば、本件P1不起立については、職員の懲戒に関する条例により停職期間の上限とされている6月を停職期間とする停職処分を科すことは、控訴人P1の過去の処分歴や不起立行為が繰り返されてきたことを考慮しても、なお正当なものとみることはできないというべきである。

以上によれば、本件P1懲戒処分において停職期間を6月とした都教委の判断は、具体的に行われた非違行為の内容や影響の程度等に鑑み、社会通念上、行為と処分との均衡を著しく失していて妥当性を欠くものであり、懲戒権者としての都教委に与えられている裁量権の合理的範囲を逸脱してされたものといわざるを得ず、違法なものというべきである。

3.同じく停職でも上限(6か月)は別格

 裁判所は、同じく停職であっても、6か月の停職は、それよりも後ろに免職しかない点において、より短い期間の停職とは質的に異なると判示しました。

 これは、日の丸・君が代訴訟に限ったことではなく、他の非違行為を問題にする懲戒処分の取消訴訟や、民間での懲戒処分の効力を争う訴訟にも応用可能な論理であり、本件は労働事件を扱う弁護士にとって、重要な示唆を含む事案として位置付けられます。

 日の丸・君が代訴訟は、それまで考えられてこなかった論点を噴出させた訴訟類型です。学術的に興味深い判示を幾つも生み出していることから、今後とも目が離せません。