弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントの被害者に配置転換を求める権利性を認めることができるか?

1.労働者は職場に配置転換を求めることができるのか?

 ハラスメントに関する相談を受けていると、勤務地や部署の変更を請求することができないかと尋ねられることがあります。

 しかし、配置転換を使用者に対して権利として請求することができるかというと、そこまでは難しいと考えるのが、一般的な理解になるのではないかと思います。

 ただ、実際に事件処理をしていると、加害者と直接顔を合わせる形での勤務の回避を申し入れたい場面は確かに存在します。使用者との交渉にあたり、活用できる裁判例がないかと思っていたところ、近時公刊された判例集に、使えそうな裁判例が掲載されているのを見つけました。岡山地判令2.6.10労働判例ジャーナル103-96 岡山市事件です。

2.岡山市事件

 本件は、保育園の総括主任として働いていた方が原告となって提起した国家賠償請求事件です。

 被告になったのは、岡山市です。原告が働いていた保育園(横井保育園)を開設していた地方公共団体です。

 原告は園長によるハラスメント等が原因となって抑うつ状態となり休職したことを前提に、被告が職場復帰にあたって横井保育園以外の保育園への職場復帰を調整しなかったのは違法だと主張し、逸失利益等を請求する訴えを起こしました。

 裁判所は、結論として原告の請求を棄却しましたが、以下のとおり述べて、使用者に職場環境調整義務・配置換えその他人事管理上の適切な措置を講じるべき義務があることを認めました。

(裁判所の判断)

「地方公共団体である被告は、その任用する職員が生命、身体等の安全を確保しつつ業務をすることができるよう、必要な配慮をする義務、すなわち安全配慮義務を負っているところ、殊に、安全配慮義務には、精神疾患により休業した職員に対し、その特性を十分理解した上で、適切に職場復帰の判断を行う義務のほか、職場環境調整を行い、良好な職場環境を保持する義務も含まれ得るものと解される。そして、地方公共団体である被告は、職場におけるハラスメント、すなわち、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景として、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える行為又は職場環境を悪化させる行為を防止する義務を負うことも踏まえれば、本件のように、仮に、原告の職場であった横井保育園において、原告からハラスメントの訴えがあったときには、被告は、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、横井保育園の職場環境調整のほか、ハラスメントをされたと主張する原告の配置換えその他の人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負うものとも解され得るところである。

3.公法上の義務とは異なる、私法上の注意義務

 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、

「職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、速やかに被害を受けた労働者(以下「被害者」という。)に対する配慮のための措置を適正に行うこと。」

を規定しています。

 そして、ここには、

「事案の内容や状況に応じ、被害者と行為者の間の関係改善に向けての援助、被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者の労働条件上の不利益の回復、管理監督者又は事業場内産業保健スタッフ等による被害者のメンタルヘルス不調への相談対応等の措置を講ずること。」

などが措置を適正に講じている場合の具体例として掲げられています。

 しかし、こうした義務は、公法上の義務に留まるとして、私法的な措置を使用者に求めて行く根拠として十分に機能しないことが少なくありません。

 今回、岡山市事件が、私法上のものとして、配置換えを含めた人事上の適切な措置を講じるべき義務を正面から認めたことは、画期的なことだと思います。地方公共団体に対するものであり、直ちに民間企業にも同様の義務を導けるとは限りませんが、この裁判例は、ハラスメントの被害者が勤務先に対して配置転換を求めて行くにあたり、一定の法的根拠となる可能性を持ったものだと思います。