弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

決められた総額を調整するための費目と固定残業代

1.固定残業代の有効性

 固定残業代が有効であるといえるためには、

「労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である・・・。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要する」

と理解されています(最一小判令2.3.30労働判例1220-19 国際自動車事件)。

 それでは、決められた総額を調整するための費目として固定残業代が使われいてる場合、そうした費目は有効な固定残業代の定めと言うことができるのでしょうか?

 この問題について、近時公刊された判例集に、対照的な裁判例が掲載されていました。宇都宮地判令2.5.14労働判例ジャーナル103-82スタッフブレーン・テクノブレーン事件と、札幌地苫小牧支判令2.3.11労働判例1226-44ザニドム事件です。

2.二つの裁判例

(1)スタッフブレーン・テクノブレーン事件

 この事件では「職務手当」の固定残業代としての有効性が問題になりました。

 被告会社において職務手当は「職務の内容によって、一定時間の時間外手当に相当する額を支給する。」と定められていました。

 そして、「社員給与構成一覧表」というものに、

職務手当の計算式について「(基礎給+業績給+役職手当+技能手当+車輌手当+通信手当+赴任手当)÷160H×125%×30H」とすること、

100円単位を切り上げて計算すること、

みなし残業時間を一律30時間とすること

が記載されていました。

 こうした規定こそ整えられていたものの、職務手当の金額を変動させることにより、原告aの給与合計額が37万1000円で統一されていたという事案において、裁判所は、次のとおり判示し、職務手当の固定残業代としての効力を否定しました。

(裁判所の判断)

原告aの職務手当等が変動しているにもかかわらず、平成26年1月から同年4月を除き、その給与合計額は37万1000円に統一されていることからすれば、職務手当等もまた、原告aの給与合計額を調整するための費目としての意味を有するにすぎないものと考えることもできる。

「これに加えて、固定残業代として支払っているのであれば、時間外労働時間の見込みが変動することや基礎賃金の変動以外の理由でその金額が変動することは性質ありえないものであるが、被告らは、職務手当等の変動理由や変動後の金額を算出した根拠を説明できていないのであるから、被告らが原告らに支払った職務手当等には、固定残業代とは異なる趣旨が含まれるものと認めざるを得ない。

「よって、職務手当等が、時間外労働等に対する対価として支払われるものと合意されていたとは認められない。」

(2)ザニドム事件

 この事件では、1日総額9000円~1万円の枠内で設定されていた「割増分日給」の効力が問題になりました。

 具体的に言うと、原告労働者と被告会社との間では、平成28年3月以降、次のような合意が交わされていました。

平成28年3月1日   基本日給6112円 割増分日給2888円

平成28年5月3日   基本日給6112円 割増分日給3888円

平成28年9月30日  基本日給6288円 割増分日給3712円

平成29年1月28日  基本日給6288円 割増分日給3712円

平成29年10月29日 基本日給6100円 割増分日給3900円

 このような賃金の決め方について、原告は、

「雇用契約書や支給明細書の記載内容は、被告が一方的に操作して作成したものであり、被告は、原告の残業時間がどの程度超過しようとも、最低賃金がどのように変化しようとも、原告に支払う金額は1日1万円までという理解でいたことは明白であるが、原告は、被告からそのような説明を受けたことはないし、合意した事実もない。」

「原告は、被告から基本給部分と固定残業代部分との区別について何ら説明を受けていないから、雇用契約時において、両者の区別は明確にされていないし、前記イで前述したとおり、被告においては、固定残業代制度を適切に運用する意思も実態もないのであるから、実質的にみて、基本給部分と固定残業代部分が明確に区分されているとはいえない。」

と主張し、割増分日給の固定残業代としての効力を争いました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、固定残業代としての効力を認めました。

(裁判所の判断)

「被告の人事係担当者やAマネージャーが、原告に対し、面接時において、原告の給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明したことや、原告が基本日給、割増分日給等が明記された『雇用契約書兼労働条件通知書』に複数回署名押印したことは前述したとおりであり、形式的にも実質的にも基本給部分と固定残業代部分が明確に区分されていないとはいえない。

「以上から、原告の主張はいずれも理由がなく、原告と被告との間の固定残業代に関する合意は有効である。」

3.ザニドム事件は対価性の観点から攻められなかったのだろうか?

 スタッフブレーン・テクノブレーン事件も、ザニドム事件も、一定の総額のもとで、固定残業代部分が調整費目として使われていたことは共通しています。

 しかし、スタッフブレーン・テクノブレーン事件では固定残業代としての効力が否定され、ザニドム事件では肯定されました。

 結論が異なる理由の分析は困難ではありますが、ザニドム事件では明確区分性だけを問題提起するに留まったところに原因があったのかも知れません。勤務実態が変わっていないにもかかわらず、割増分日給の額だけが一方的に変動していることを強調し、金額決定に時間外勤務の対価以外の要素が働いていることを主張すれば、対価性の部分が崩れて固定残業代の効力を否定する芽が出てきた可能性があります。

 今後、類似の事案で必要な主張を落とさないため、二つの事件は対比して記憶に留めておく必要があるように思われます。