弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賃金が高額であることは付加金を算定するにあたっての考慮要素にはならない

1.付加金

 労働基準法114条本文は、

「裁判所は、第二十条、第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第九項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。」

と規定しています。

 労働基準法37条の規定というのは、時間外、休日、深夜の割増賃金を定めた規定です。

 これらの規定により、残業代の未払いがある場合、労働者は、使用者に対し、訴えを提起することにより、未払の残業代と同額の金銭を付加金として支払うよう請求することができます。

 ただ、これは「裁判所は・・・命ずることができる」とするルールであり、労働者が権利として当然に残業代と同額の金銭を請求できることを意味するわけではありません。請求したとしても、付加金の請求までは認められないこともありますし、同額の支払まで命じるのは使用者に酷であるとして何割かが減じられることもあります。

 では、裁判所は、付加金の支払を命じるか否か、命じるとしてどの程度の割合にするのかをどのように決めているのでしょうか。

 この点は、実際のところ、あまり良く分かっていません。

 付加金の支払を命じるにあたり、

「控訴人(使用者 括弧内筆者)の労働基準法違反の程度、態様、控訴人の不利益の性質・内容等諸般の事情を考慮」

すると述べた高裁判例はありますが(東京高裁平21.9.15労働判例991-153ニュース証券事件)、この程度の判示では色々なことを考慮するという以上の意味を読みとることは困難です。

 このように依拠すべきルールが雑然としている場合、何が考慮要素となるのかというよりも、何が考慮要素にならないのかといった観点から分析を加えていくことが、裁判所の考えを知るうえで有効なアプローチ方法になることがあります。

 近時公刊された判例集に、付加金を命じるにあたっての考慮要素について、目を引く判断をしている裁判例が掲載されていました。

 福岡高裁令元.6.27労働判例1212-5大島産業(第2)事件です。

2.大島産業(第2)事件

 ごく単純に言うと、本件はトラック運転手の方2名(原告甲野、原告乙山)が残業代を請求した事件です。幾つかの重要な論点がありますが、その中の一つが付加金支払の要否です。

 比較的賃金が高めであったこともあり、一審は、

原告甲野については、残業代1696万8779円、付加金1135万4561円の請求を、

原告乙山については、残業代1135万4561円、付加金872万3800円の請求を、

認めました。

 これに対し、被告会社は控訴し、

「控訴人は、一般的な大型トラック運送業者と比較して、相当高額な賃金を支給しており、利益を不当に搾取していたわけではない」

ことなどを指摘し、一審が支払いを命じた付加金の額は高額にすぎると主張しました。

 しかし、高裁は、次のように述べて、賃金が高額であることは付加金支払を不相当とする事情にはならないと判示し、一審の判断を維持しました。

(裁判所の判断)

控訴人の賃金が相当高額であることなど、控訴人の主張する・・・事情は、いずれも付加金の支払を命ずることを不相当とする事情であるということはできず、上記判断を左右するものではない。」

3.賃金が高いからといって、付加金の請求に消極的になることはない

 「諸般の事情」が考慮要素となる関係から、使用者側からは、付加金の支払を免れるため、それこそ何でもかんでも思いつく限りの事情が主張されることがあります。

 今回ご紹介した裁判例は、労働者側の賃金が高いのだから付加金の支払まで命じるのは酷ではないかという主張に反駁する論拠となるものです。

 計算の元になる賃金が比較的高額である場合、その金額規模から「本当にこんなに請求してよいのだろうか。」と付加金を請求することに及び腰になられる方も散見されます。

 しかし、法律で認められている仕組みなので、付加金を請求するにあたり、特に躊躇する必要はありません。むしろ、賃金が高額であることは、残業代を払わない理由になるわけでもなければ、付加金の支払を免れる理由にもならない、と開き直るくらいの心持ちでいてもよいのではないかと思います。