弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

行政措置要求の対象行為

1.行政措置要求

 行政措置要求という仕組みがあります。

 これは国家公務員法86条の、

「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる。」

という規定を根拠とするものです。

 行政措置要求の対象は広く、

1.給与、勤務時間、休憩時間、週休日、休日、休暇等に関する事項
2.昇任、転任、昇格、休職等の基準に関する事項
3.保健、安全保持等に関する事項
4.勤務環境に関する事項
5.その他上記1~4に掲げるもの以外の勤務条件に関する事項

といったものが対象になります。

 「係長へ昇任させてほしい」「○級へ昇格させてほしい」といった個別の人事上の措置を求めるものは原則として対象になりませんが、これらの事項であったとしても、具体的事実を示して、平等取扱いの原則(国家公務員法27条)、人事管理の原則(国家公務員法27条の2)に抵触する取扱いがあることを指摘すれば、適法な措置要求として受理されることがあります。

https://www.jinji.go.jp/kouheisinsa/gyouseisoti/gyouseisoti.html

 また、勤務環境に関する事項として、「ハラスメントをやめさせてほしい」という要求も可能とされています。

https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/pawahara-kentoukai/pawahara-kentoukai.html

https://www.jinji.go.jp/kenkyukai/pawahara-kentoukai/pawahara4shiryou.pdf

 要するに、行政措置要求がカバーする領域はかなり広く、国家公務員の労働問題においてかなり大きな可能性を持っている仕組みだと思っています。

 しかし、行政措置要求の利用実績は極めて低調です。

 人事院のホームページによると、平成22年度から平成26年度の5年間に人事院が判断を行った行政措置要求に係るものは、認容例2件、棄却例5件の7件だけです。単純計算すると、年間1件強程度の決定しかなされていないことになります。

https://www.jinji.go.jp/kouheisinsa/index.html

 人事院のデータベースによると、平成30年度、人事院には1443件もの相談が寄せられ、そのうちセクハラは54件、パワハラ366件、いじめ・嫌がらせ121件となっています。

https://www.jinji.go.jp/hakusho/h30/1-2-01-3.html

 苦情申出の段階で一定数が解決されているであろうことを考慮しても、行政措置要求の利用は活発とは言い難いように思われます。

 利用が低調であることから研究しようにも実体が分からず、実体が分からないからますます利用が促進されない、そういった悪循環が生じているように思われます。

 そうした状況下において、近時の公刊物に、行政措置要求がの取消訴訟に関する裁判例が掲載されていました。

 東京地裁平30.3.16労働判例1212-80国・人事院(文科省職員)事件です。

2.国・人事院(文科省)事件

(1)事案の概要

 本件は、大雑把に言うと、文部科学省に勤務している方が原告となって、昇格の差別取扱いの是正を求めて行政措置要求をしたところ棄却判定されたため、その取消を求めて出訴したという事件です。

 結論として、人事院の判定に裁量の逸脱・濫用はないとして、原告の請求は棄却されているのですが、幾つか気になった点があります。

(2)昇格据置きに関する差別的取扱いが行政措置要求の対象になったこと

 判決では次の事実が認定されています。

「原告は、平成25年7月9日付けで、人事院に対し、国公法86条に基づき、平成11年4月1日から平成22年3月31日までの間、文科省外への出向によって人事評価ができなかったことから給与の級の格付が据え置かれているなどと主張して、昇給据置きに関する差別的扱いの是正を要求した(以下「本件措置要求」という。)」

「人事院は、平成27年12月9日付けで、原告に対して平等取扱原則に抵触する違法な昇格差別が行われているとは認められないとして、本件措置要求を認めない旨判定し(以下「本件判定」という。)、その判定書は、平成28年1月5日、原告に到達した。」

 人事院のホームページから、平等原則違反を理由とする昇進、昇給が、行政措置要求の対象として受理される「場合があります」とされていることは知識として持っていましたが、上記裁判例の事実認定は、実際に受理された例があることを示しています。

 これは昇進、昇給差別の問題で悩んでいる方に、国賠以外の選択肢を提供するものとして意義のあることだと思います。

(3)裁量の逸脱・濫用がないかがそれなりに丁寧に認定されていること

 本件判定に裁量の逸脱・濫用がないかは存外丁寧に認定されています。

 例えば、「B大学からの復帰時の昇格差別の有無について」という論点について、次のような判示がなされています。

「文科省大臣官房人事課長作成の回答書・・・及び元□□大学理事I(以下「I元理事」という。)作成の報告書・・・中には、文科省は、□□大学人事当局との人事ヒアリング等を通じて、□□大学に出向していた原告の勤務状況について把握していたところ、I元理事は、平成17年3月18日、文科省大臣官房人事課に対し、①経済学部長の原告に対する評価は良くなく、できるだけ早く学外に異動させてほしいとの要請があること、②同学部長からは、後任にはもっと専門性のある人又は中枢に帰るような人を送ってほしいとの要請を受けていることを伝え、文科省は、上記の勤務状況等も考慮した上で、平成17年8月1日、出向から復帰した原告に対し、その職務の級を旧行(一)9級と決定したとの記載部分がある。」
「上記各証拠中の各記載部分は、原告の□□大学在勤中の評価等につき、その内容においておおむね符合しており、相互に矛盾する不合理な点は認められない。また、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、I元理事は、原告の授業につき学生の評判は良いと評価するなど、原告との関係に特段の問題はなかったことが認められ、その他、I元理事が原告に関して殊更虚偽の事実を述べる動機があったとの事情をうかがわせる客観的な証拠はないし、文科省がI元理事に対して原告の利益になることは供述しないよう働きかけたとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。」
「また、H学部長は、原告が所属していた□□大学経済学部の長という立場にあったことに照らせば、H学部長が原告について評価権限を有していなかったことのみによって、H学部長が原告の勤務状況を把握していなかったとまで断じることはできない。さらに、H学部長が、過去に懲戒処分を受けたことがあったとしても、あるいは、H学部長が教授会で原告のことを指して『あいつは駄目だ』という趣旨の発言をしたことや、原告が□□大学経済学部長選挙の際にH学部長への投票依頼を断ったり、同学部長と同派閥の教員が雇用しているアルバイト従業員の賃金の一部負担を断ったりしたことがあったとしても、そして、原告の授業は学生からの評判が良いものであったとしても、これらをもって同学部長が原告に対し悪感情を抱いていたとか、殊更原告を誹謗中傷したとの事実を直ちに認めることはできない。」

 上記は出向先に殊更原告の評価を下げるような動機・背景の有無に関する判示部分ですが、随分細かな事実まで拾い上げていることが分かります。この種の事件では、行政に裁量の逸脱・濫用があるといえるような例外的な事情でも認められない限り、行政の決定が覆ることはありませんが、だからといって認定をラフに行うことなく、裁判所は一つ一つの論点で比較的丁寧に事実を拾っていっているように思われます。裁判所のこうした指定は、行政措置要求の後に裁判をするうえで、当事者の励みになるように思われます。

3.行政措置要求をご検討の方へ

 民間と同様、公務員でも、昇進・昇格やハラスメントの問題など、働くことに付随する悩みを抱えている方は、少なくないはずです。

 職場を訴えるのは気が引けるものの、何等かの改善を求めて行きたい、そういったお気持ちの方は、行政措置要求という仕組みの利用を検討してみても良いのではないかと思います。また、手続をとるにあたり代理人に心当たりがない場合、当職でよろしければ、ご相談に乗らせて頂くことも可能です。