弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場内不倫は危険(セクハラで訴えられた時、防御することが難しい)

1.セクハラに関する経験則

 セクハラの被害者は、明示的な抵抗を示せないことが少なくありません。そのため、損害賠償を請求する訴訟を提起しても、加害者から「同意があった。」という反論が出されることがあります。

 同意の有無を判断するにあたっては、最高裁が、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくない」

という経験則を示しています(最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件)。

 最高裁が示した上記の経験則は、懲戒処分の効力を争う訴訟の中で示されたことです。しかし、セクハラをめぐる損害賠償請求訴訟にも影響を与えていて、同意があったとの抗弁は、従来よりも採用されにくい傾向が生じていると思います。

 そのことが端的に伺われる裁判例が公刊物に掲載されていました。

 京都地判令元.6.28労働判例ジャーナル92-26 学校法人つくば開成学園事件です。

2.学校法人つくば開成学園事件

 本件は、学校法人が設置する高等学校の常勤講師の女性が原告となって、分室長及び副校長にあった被告bからセクハラを受けたとして、被告bらに対して損害賠償を請求する訴訟を提起した事件です。

 セクハラ行為は多岐に渡りますが、裁判所は下記の(ア)、(イ)の行為について、次のような判断を示しています。

(セクハラ行為(ア)、(イ))

「(ア)原告は、平成24年4月6日、教員の懇親会である『講師会』の二次会で、カラオケボックスに行った。同日午後9時30分頃、原告が同カラオケボックスのトイレの入り口で立っていた。すると、被告bは、原告に対し、『がんばってください』などと言いながら、同人を抱きしめて、そのままキスをした。」
「(イ)原告は、平成24年4月6日午後10時頃、他の教員の飲み物を取ってくるため、上記(ア)記載のカラオケボックスのカラオケルームを出た。すると、被告bが原告を追い掛けて、同カラオケルームを出てきた。そして、同カラオケルームの前で、『いい?』と言いながらディープキスをした。」

(裁判所の判断)

「原告は、本件行為(ア)及び(イ)が行われ、本件行為(ア)には同意していなかったと主張し、証拠(甲23、原告)には、これに沿う部分がある。被告らは、本件行為(イ)を否認し、本件行為(ア)については、原告が被告bに抱きついてきたために、原告の同意のもとに、抱き合ってキスをしたと主張する。証拠(乙20、被告b)には、被告らの上記主張に沿う部分がある。」
「前記認定事実(4)ア及びイ並びに争いのない事実によれば、被告bが、本件行為(ア)の当時、原告と抱き合ってキスしたことが認められるうえに、原告が、平成24年5月10日に、恩師に対し本件行為(ア)及び(イ)などに関してどのように対処すべきか相談していること及び原告が同月以降、ほぼ一貫して、弁護士に、本件行為(ア)及び(イ)に関する被害申告ないし相談している事実も認められる。これらの事実に加えて、本件全証拠を精査しても、原告が本件各行為について虚偽の供述をする動機がうかがわれないうえに、原告と被告bとの間では、職場以外でのやり取りがほぼなく、本件各行為の当時、親密な関係であったとうかがわせる事情がないこと及び原告の供述内容に、格別不自然、不合理な点が見受けられないことを踏まえると、原告の供述や陳述書の記載が事実と異なるとは考え難い。」
「これに対して、被告らは、原告が駅前クリニック及びこだまクリニックの診療において、やっぱり自分が悪かったと思う、誤解させた、陳述書を読んでも、結局自分がわるいんじゃんと思っているなどの旨を担当医に話していること及び平成24年7月11日以前に交際していたeには本件各行為の話をしていないことなどから、上記原告の供述が信用できない旨をも主張する。
「確かに、証拠(甲24、乙2)及び弁論の全趣旨によれば、被告らが主張する事実が認められる。しかしながら、証拠(甲26、28)によれば、性的被害を受けた場合、逃げたり直接的な抵抗をしたりできるのは被害者のごく一部で、身体的・心理的まひ状態に陥るなどする被害者が多いこと、性的被害を受けている被害者が、笑っていたり全くの無表情で抵抗をしていないように見えたりする場合があることが認められる。このような事実からすれば、原告が、自責の念に駆られたり、その他合理的でない行動を執ったとしても、不自然であるとはいえない。また、性的な被害を受けた場合、羞恥心等から、交際相手や夫に対してであっても被害を申告できないことは、格別不自然とまではいえない。被害者の態度が、加害者からみて同意を表すようにみえても、実はそうでないということが、十分あり得る。そうすると、被告らの主張は、上記原告の供述の信用性に疑義を生じさせるほどのものとはいえないから、採用することができない。
「以上によれば、上記証拠(甲23、原告)中原告の主張に沿う部分は、信用でき、上記証拠(乙20、被告b)中被告らの主張に沿う部分は、採用できない。原告が主張するとおり、本件行為(ア)及び(イ)が行われたと認められ、原告が本件行為(ア)に同意していたとは認められない。」

3.職場内不倫のリスク-セクハラで訴えられた時、防御することが難しい

 本件では、上記以外にも、セクハラ行為として、被告bがラブホテルで原告女性と性交渉に及んだことが認定されています。その中で、原告女性が「奥さんに悪いとは思わないんですか。」と発言した事実があるようです。被告bは既婚者で、不貞行為に及んだのだと思います。

 そうだとすれば、職場以外でのやりとりや、親密な関係であることを示す証拠がなかったとしても、それほど不自然ではないかも知れません。そういう証拠は不貞行為が発覚する端緒となるため、被告bとしても残したくないと思われるからです。

 しかし、裁判所は「被害者の態度が、加害者からみて同意を表すようにみえても、実はそうでないということが、十分あり得る。」との経験則のもと、同意を示唆する証拠を排斥したうえ、職場以外でのやり取りがほぼなく、本件各行為の当時、親密な関係であったとうかがわせる事情がないことなどを根拠に、原告女性の供述の信用性を肯定し、セクハラ行為があったことを認めました。

 確かに、不貞行為に及ぶ方が悪いと言われればそれまでだと思いますが、不貞関係が結ばれていたケースを念頭に置くと、こうした経験則のもとでセクハラが認定されるのは結構怖いことだと思います。同意の存在を立証しようにも、職場外でも親密にしていたことを示す証拠が残っていないことが考えられるからです。

 親密にしていたことを示す証拠を残しておけば不貞行為発覚のリスクが生じ、不貞行為発覚のリスクを避けようと痕跡を消してしまうと今度はセクハラで訴えられた時に防御が非常に難しくなる、そうしたジレンマがあることからも、職場内不倫は極めて危険な行為だと思います。