弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

裁量労働制を利用した残業代不払い問題

1.裁量労働制は残業代不払いを合法化するものか?

 先日、インターネット上に「労基署が大手に是正勧告…芸能プロはやはりブラック企業なのか」という記事が掲載されていたことを紹介しました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/20/195659

http://news.livedoor.com/article/detail/16339519/ 

 この記事の中では、

「裁量労働制は、ブラック企業が残業不払いを合法化するものでしたが・・・」

といった「某芸能プロデューサー」の言葉が紹介されています。

 この「某芸能プロデューサー」の裁量労働制を残業不払いを合法化する仕組みとする見方にも相当な問題があります。

 裁量労働制の形だけを整えたところで、労働者の裁量が少なかったり、業務遂行の方法等について具体的な指示に従わされたりしているのであれば、やはり時間外勤務手当(残業代)の支払いは免れません。

2.専門業務型裁量労働制の適用が否定された事例

 最近も、専門業務型裁量労働制を利用した残業代の不払いが否定された裁判例が、公刊物に掲載されていました。東京地裁平30.10.16労働判例ジャーナル85-50 インサイド・アウト事件です。

 この事件では、原告となった労働者が担当していたウェブ・バナー広告の制作業務が専門業務型裁量労働制の対象業務である「・・・広告等の新たなデザインの考案の業務」(労働基準法38条の3第1項第1号、同施行規則24条の2の2第2項4号)に該当するかが問題になりました。

 裁判所は、原告の就労実体を、

「本件業務の遂行に当たっての原告の裁量は限定的であって、原告は、営業等の担当社員の指示に従って、短時間で次々とウェブ・バナー広告を作成することを求められていたということができる」

と判示しました。

 そして、
「本件業務について、『その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要がある』ような性質の業務であるとはいえないし、『当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難』であるともいえない」

ことを理由に、

「本件業務が労基法施行規則24条の2の2第2項4号所定の『広告等の新たなデザインの考案の業務』に該当するとは認め難い」

と結論付けました。

 その後、専門業務型裁量労働制の適用がないことを前提に、時間外勤務手当の額を計算しています。

3.裁量が少なかったり、具体的な指示が与えられていたりすれば、適法性に問題あり

 裁判例で問題になった専門業務型裁量労働制に関していえば、

「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務」

を対象とする制度です(労働基準法38条の3第1項1号)。

 そのため、文言上、労働基準法施行規則にあたりそうな場合であったとしても、就労実体を見て、与えられている裁量が少ないだとか、使用者が一々業務遂行の手段について口を出しているだとかいった事情が認められる場合には、適用が否定されます。

 適用が否定されれば、当然のことながら、裁量労働制の対象になっていない労働者と同じく時間外勤務手当(残業代)を支払わなければなりません。

4.労働基準監督署による摘発例

 専門業務型裁量労働制を利用した残業代不払いの問題に関しては、今年2月にも芸能事務所に対して労働基準監督署から是正勧告がなされたとの報道がありました。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41274690U9A210C1CR8000/

 報道によると、この事案でも、

(男性労働者の担当業務は)「打ち合わせへの同席や衣装の用意、グッズ売り場の設営など補助業務が主。アーティストの活動方針やスケジュールや業務の進め方は上司が決め、男性に指示していた。」

との就労実体が問題になったようです。業務の進め方を一々指示したいのであれば、裁量労働制を使うことはできません。

5.裁量労働制は残業代不払いを合法化する道具ではない

 指摘するまでもありませんが、裁量労働制はブラック企業の残業代不払いを合法化する道具ではありません。

 裁量がないのに、なぜか裁量労働制のもとで働かせられ、残業代を払ってもらえない、そういったお悩みの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談をお寄せ頂ければと思います。