弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

「残業代を支払わないで済む裏技」なるものへの疑義

1.大手芸能事務所への是正勧告

 上限を超える時間外労働(残業)をさせたなどして、複数の大手芸能事務所が労働基準監督署から是正勧告を受けたという記事が配信されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16313169/

 中には月500時間働いた従業員もいたとのことですので、従業員にとってかなり過酷な労働実体を有していたことが窺われます。

2.役員にすることで残業代不払いを合法化できるか?

 この是正勧告を受け、「労基署が大手に是正勧告…芸能プロはやはりブラック企業なのか」という記事が掲載されていました。

 ここには以下の「某芸能プロデューサー」の言葉が引用されています。

「例えばタレントがある程度売れてきたとする。専任のマネジャーのほか、さらに付き人もいる場合、とても労基法の時間内で終わるような仕事じゃない。それでどうするか。この専任マネジャーをチーフマネジャーにして、さらに子会社の社長にして、この子会社がマネジメントをしていることにすると、マネジャーは労基法の対象とする被雇用者ではなくなる。法的には経営者ですから、残業代とか、最低時給とかの縛りはない。合法的に残業代を支払わないで済む裏技を熟知しているプロダクション経営者はいくらでもいますよ」

「実態が雇用に近ければ、仮に裁判で争えば、こうしたマネジャーも会社にリベンジできます。しかし、現実には目の回るような激務で労基署や弁護士に相談する時間もなければ、過労や睡眠不足で心身共にいっぱいいっぱい。だいたい弁護士に仕事を委任する金銭もないでしょう。つまりは、悪徳プロが労基署から指導を受けたとしても、スタッフの処遇や書類などを触って、実態はそのままということは十分あり得る。裁量労働制は、ブラック企業が残業不払いを合法化するものでしたが、役員にするなどまだまだ逃げ道はある」

http://news.livedoor.com/article/detail/16339519/

 要するに、役員(取締役)にするという合法的に残業代を支払わなくても済む裏技があると主張しているようです。

3.そのような脱法スキームは通用するわけがない

 株式会社と取締役の関係は、委任に関する規定に従うとされています(会社法230条)。言い換えれば、典型的な労働契約である雇用関係ではないということです。

 取締役は経営者そのものなので、基本的には労働者として労働基準法その他関係法令による保護の対象にはなりません。「某芸能プロデューサー」の台詞は、これを受けての発言だと思います。

 しかし、「実態はそのまま」であるのに、役員にすれば労働基準法その他関係法令の適用を免れられるかといえば、そんな脱法スキームは通用するわけがありません。

4.労働者か否かは実質に基づいて判断される

 「労働者」か否かは、委任契約、請負契約といった契約の表題ではなく、実質に基づいて判断されます。会社との契約形式が委任だと言ったところで、働き方が労働者そのものであれば、労働基準法の適用を逃れることはできません。

 このことは厚生労働省が昭和60年12月19日にまとめた「労働基準法研究会報告」でも宣明にされています。

 同報告は、

「『労働者性』の判断に当たっては、雇用契約、請負契約といった形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を、労務提供の形態や報酬の労務対償性及びこれらに関連する諸要素をも勘案して総合的に判断する必要がある場合がある」

と労働者性の判断にあたって形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性によることを示しています。

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku.html

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/library/osaka-roudoukyoku/H23/23kantoku/roudousyasei.pdf

 会社が幾ら「マネージャー」を取締役だと言い張ったところで、「実態はそのまま」であれば法的責任を免れることはできません。

5.法人役員に労働者性を認めた裁判例もある

 実際、法人役員に労働者性を認めた裁判例は、これまでに幾つも出されています。

 近時公刊物に掲載されていた例で言えば、福岡高判平30.8.9労判1192-17佐世保配車センター協同組合事件もその一つです。

 この事案では、中小企業等協同組合法に基づいて設立された事業協同組合の理事の労働者性が問題になりました。組合と理事の関係も会社と取締役との関係と同じく、法律上は「委任に関する規定に従う。」(中小企業等協同組合法36条の3)とされています。

 福岡高裁は、

「原告は・・・理事就任後も・・・理事就任前と同様、原告が管理部長として担当していた業務を行い、理事会及び総会の議事録を作成するなどしていたのであり、常務理事の就任も、・・・対外的な交渉をする際の肩書を付すためになされたものにすぎない。」

「原告は・・・理事就任前と同額の基本給、役付手当、家族手当、調整給及び交通費の支給を受け続けていた」

などの事実を指摘したうえ、

「原告は・・・理事及び常務理事就任後も、引き続き、理事就任前の本件労働契約に基づく従業員たる地位を継続的に有していたものと認められる。」

と理事に労働者性を認めた原審判断を維持しています。

 仕事の内容も報酬も変わらないのに、看板だけ役員に架け替えても、結局、労働者としての法的な保護を剥ぎ取ることはできません。

6.弁護士を依頼するにあたりお金の問題はそれほどネックにはならない

 先ず、収入が少ない方に対しては、国が民事法律扶助という仕組みを用意しています。この仕組みは法テラスが運用しています。

 この仕組みは収入的な観点から弁護士費用を一括で支払うことが難しいと想定される人を対象に、国が着手金等を立て替える仕組みです。立て替えられたお金は月々5000円~1万円ずつ国に償還していくことになります。約束通りお金を償還している限り、利子がつくことはありません。お金がない方でも比較的使いやすい仕組みではないかと思います。弁護士が法テラスに事件を持ち込むこともできますので、詳しい利用の仕方は民事法律扶助事件を扱っている弁護士にお尋ね頂ければと思います(私も扱っています)。

 また、大手企業に対する残業代請求の場合、労働時間を立証するための証拠資料がある程度整っている場合、着手金を月賦でも構わないとする弁護士は、それなりにいるとも思います。

 実態はそのままなのに、役員にさせられたら残業代を請求できなくなるということはありません。そうした脱法スキームで苦しんでおられる方がおられましたら、ぜひ一度ご連絡ください。平日に忙しすぎたとしても、事前にご予約を頂ければ、土日にご相談をお受けすることも可能です。