弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

経過措置に基づいて支給される手当の法的性質は、従前の手当と同様か?

1.労働条件の不合理な相違

 短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条は、

「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。」

と規定しています。嚙み砕いて言うと、これは、

パート労働者・有期雇用労働者と正社員との間で、不合理な労働条件の格差を設けてはならない、

というルールです。

 このルールに対応するため、

正社員の労働条件を引き下げる、

という方法がとられることがあります。

 こうしたやり方は、法の趣旨には反しています。

 例えば、働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律には、参議院厚生労働委員会で次のような附帯決議がなされています。

「パートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法の三法改正による同一労働同一賃金は、非正規雇用労働者の待遇改善によって実現すべきであり、各社の労使による合意なき通常の労働者の待遇引下げは、基本的に三法改正の趣旨に反するとともに、労働条件の不利益変更法理にも抵触する可能性がある旨を指針等において明らかにし、その内容を労使に対して丁寧に周知・説明を行うことについて、労働政策審議会において検討を行うこと」(第三十二号)

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/196/pdf/k0801960631960.pdf

 しかし、この附帯決議だけで訴訟で勝てるかというと、そう楽観視できるわけではなく、正社員の労働条件を引き下げる方向での相違解消・格差解消を是認するような裁判例も散見されます。

 この労働条件引き下げ型の格差解消措置との関係で、近時公刊された判例集に興味深い裁判例が掲載されていました。大阪地判令6.6.20労働判例1327-5 日本郵便(経過措置)事件です。何が興味深いのかというと、経過措置に基づいて支給される手当の支給の有無の合理性が問われてたところです。

2.日本郵便(経過措置)事件

 本件で被告になったのは、日本郵便株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約を交わし、郵便局で郵便外務等の業務に従事していた方2名です。

 元々、被告は一定の要件のもとで正社員に住宅手当を支給していましたが、平成30年1月以降、正社員を住居手当支給の対象としないことを内容とする給与規程の改定を行いました(本件改定)。これを実施するにあたり、被告は経過措置を設け、令和10年3月31日までは一定の計算式によって導かれる金額を支給することにしました(本件手当)。

 これに対し、本件の原告らは、

被告の正社員には住居手当廃止に伴い本件手当が支給されるのに対し、

原告らに対して本件手当が支給されないのは、

不合理な労働条件の相違であるとして、経過措置に基づく手当相当額の損害賠償を請求しました。

 本請求の背景には、

被告は、本件改定前の住居手当の支給に関し、郵便業務を担当する正社員(新一般職)と原告らとの間の労働条件の相違が不合理であることを争わず、原告らと被告は、令和5年7月28日、原告らにつき、下記のとおりの平成30年9月までの住居手当相当額の損害が発生していること、ほかの手当相当額についても一定の損害が発生していることを前提として、甲事件及び乙事件のうち、本訴請求部分を除く請求について訴訟上の和解をした。」

という事実経過がありました。

 原告側は、

「本件手当は、本件改定前の住居手当とは名称が異なるものの、事実上10年を掛けて減額されて支給される住居手当そのものである。」

などと指摘し、相違の不合理性を主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「正社員(新一般職)と期間雇用社員との本件手当の支給に係る労働条件の相違が改正前労契法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条に違反する不合理と認められるものであるかを判断するに当たっては、本件手当の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえ、改正前労契法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるか否かを検討すべきものと解される(最高裁令和2年10月13日第三小法廷判決・民集74巻7号1901頁参照)。」

「これを本件についてみると、認定事実・・・によれば、被告は、正社員(新一般職)を住居手当の支給対象としない旨の本件改定を施行する一方で、本件支給要件を満たす正社員(新一般職)に対し、本件改定の日から9年6か月間にわたり、年度ごとにその支給額を漸減させる形で、本件改定前の住居手当相当額を基準としてその一定割合を乗じた金額の手当(本件手当)を支給する旨の本件経過措置を設けたことが認められる。」

「このような本件手当の導入に至る経緯や、本件手当が正社員(新一般職)等のうち平成30年9月分の住居手当の支給を受けていた者に対して一定の期間に限って支給されるといった本件手当の要件及び内容に照らすと、本件手当は、正社員(新一般職)を住居手当の支給対象としないこととした本件改定に伴い、本件改定前に住居手当の支給を受けていた正社員(新一般職)の経済上の不利益を緩和する目的で一定額の手当を支給するものと解するのが相当である。そうすると、本件手当は、正社員(新一般職)に対して住居手当を減額して支給を継続するものではないから、住居手当そのものであるとはいえないし、住宅に要する費用を補助する趣旨で支給するものではないから、住居手当としての性質を有するものということはできない。

「このように、本件手当は、本件改定前に住居手当の支給を受けていた正社員(新一般職)の経済的不利益を緩和する趣旨で支給されるものであるから、その趣旨は、本件改定前に住居手当の支給を受けていなかった原告ら期間雇用社員には妥当しないものである。」

「そして、本件手当の趣旨が原告ら期間雇用社員に妥当しないことは、正社員(新一般職)と原告ら期間雇用社員の職務内容並びに当該職務内容及び配置の変更の範囲に関わるものではないから、正社員(新一般職)と原告ら期間雇用社員の職務内容並びに当該職務内容及び配置の変更の範囲が同一であったとしても、このことは、原告ら期間雇用社員に本件手当を支給しないことの不合理性の判断に影響を与えるものではない。」

「そうすると、原告ら期間雇用社員に本件手当を支給しないことが不合理である評価することはできないから、正社員(新一般職)と原告ら期間雇用社員の本件手当の支給に係る労働条件の相違が改正前労契法20条及び短時間・有期雇用労働者法8条に違反するとはいえない。」

3.経過措置の法的性質が示された

 労働条件の相違を解消するという場面以外でも、経過措置は労働条件の不利益変更を伴う様々な場面で活用されています。

 この経過措置の法的性質については今一良く分からないことが多かったのですが、裁判所は従前の手当と経過措置によって設けられた手当との法的性質の同一性を否定しました。労働者側に有利な判断が示されたわけではないものの、経過措置についての裁判所の考え方を知るにあたり、本裁判例は実務上参考になります。