1.従業員は家族・社員は家族
「従業員は家族」「社員は家族」という言葉が経営者から語られることがあります。
これが「家族に対するように暖かな対応をしなければならない」という意味で使われているのであれば、それほどの問題はありません。しかし、法律相談を受けたり、判例集に目を通していたりすると、「家族なのだから、法律を守らないことも大目に見てくれなければ困る」といった脈絡で用いられていることが少なくありません。
近時公刊された判例集にも、そのような脈絡で「社員同士は疑似家族」という言葉が使われている裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、長野地松本支判令3.4.26労働判例1310-139、東京高判令4.1.26労働判例1310-131 アイウエア事件です。
2.アイウエア事件
本件で被告(控訴人)になったのは、教育に関するカリキュラム・教材の作成及び販売業務等を目的とし、学習塾を運営している株式会社です。
原告(被控訴人)になったのは、平成25年5月20日に被告との間で雇用契約を締結し、同年6月1日付けで入社した方です。6月12日まで被告本社で勤務していたものの、同月13日から平成29年1月26日まで、中国上海市に赴任して、上海に海外赴任している日本人の子女に英語や国語を教える講師として働いていました。
労働時間の管理等に関する被告の対応に改善を申し入れていたところ、平成28年12月27日、「雇用期間終了についてのご連絡」と題するメールを送信され、平成29年1月26日付けでの雇用契約の終了を告げられました。これに対し、雇用契約の終了の効力は生じていないと主張し、再就職するまでの未払賃金等を求める訴えを提起しました。
裁判所は次のとおり述べて、「雇用期間満了についてのご連絡」(本件解雇)の効力を否定し、未払賃金等の請求を認めました。なお、青字は控訴審による改め文です。
(裁判所の判断)
「前記・・・で認定説示したとおり、原告と被告との間の雇用契約は、原告による退職の意思表示後も存続していたことになるところ、前記・・・によれば、①原告は、労働時間の管理等に関する被告の対応について、被告の従業員に対して複数回にわたって改善を申し入れていたところ、平成28年12月18日、被告代表者が上海浦東校において原告と面会し、原告に対し、『Xはこの会社に不満がたくさんあるようだ。』、『Xは時間をきっちりしたいみたいだが、そのせいでXがやらない仕事があるなら、そのしわ寄せは他の人にいっている。』、『うちは、出勤から退勤まですべてを勤務時間とするようなスタイルではない。きっちりやりたいならパートで働く方が合っているのではないか。社員同士は疑似家族のような関係だと思っている。』、『(社内のイベント開催等について)これが正しいとか、反対意見は間違っているとかではないが、賛同できない人は自分の会社にはいらない。Xはそういうのに参加していない。この会社と合っているのかどうか、この会社が好きかどうか今一度考えてみたほうがいい。』、『今日の話をよく考えて、また私も上海に来る予定があるから、その時再度話そう。』などと言ったこと、②原告について、被告の就業規則に規定される解雇事由に該当する事実は認められないにもかかわらず、P2は、平成28年12月27日、原告に対し、『雇用期間終了について、以下のとおりご連絡します。』、『雇用期間終了日 2017年1月26日」などと記載したメールを送信し、同メールには、解雇理由についての記載はなかったこと、③原告が平成29年1月14日、被告に対し、内容証明郵便により解雇理由証明書の交付を求めたが、被告は、これに応じなかったことが認められる。」
「そうすると、原告においては、被告の就業規則に規定されている解雇理由に該当する事由が認められないにもかかわらず、被告に対して勤務時間等の労働環境について改善を求めていた原告に対し、被告代表者がそのような原告の意見に対する否定的な発言をした上で、解雇理由を示すことなく本件解雇が行われ、その後も解雇理由について告知されていないという事実経過が認められる。そして、被告は本件訴訟において、解雇権濫用の評価障害事実について一切主張立証していないことも踏まえると、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合に該当し、無効となるとともに、少なくとも被告において過失があったと認めるのが相当であるから、原告に対する不法行為に該当するというべきである。」
(中略)
「解雇された労働者が被る精神的苦痛は、解雇期間中の賃金が支払われることによって慰謝されるのが通常であるが、本件では、被告の労働環境上の問題点を改善するよう求めた原告の言動を契機に、解雇理由に該当しないにもかかわらず、控訴人において、原告を一方的に解雇しており、その後も解雇理由を説明していないといった本件解雇に至る経緯等を踏まえると、解雇権の濫用の程度は悪質というべきであり、原告は上記賃金の支払いをもってしても慰謝できない程度の精神的苦痛を被ったと認められる。そこで、本件解雇と相当因果関係のある損害として、30万円の限度で慰謝料の請求を認めるのが相当である。」
3.甘えを許す必要はない
労働基準法116条2項は「この法律は、同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については、適用しない」と規定しています。
しかし、親族でも何でもない従業員に対して法の適用は除外されることはありません。従業員は従業員です。家族ではありません。法律を守らなくても大目に見て欲しいという経営者の甘えに対しては、毅然とした態度をとっても問題ありません。
なお、本件では解雇理由の説明がされていないことが、解雇の不法行為該当性を認める根拠として指摘されていますが、この点も興味深い判断だなと思います。