1.セクシュアルハラスメント
「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」を「職場におけるセクシュアルハラスメント」といいます(厚生労働省の告示(平成18年厚生労働省告示第615号『事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針』【令和2年6月1日適用】)
近時、ハラスメントに対する意識の高まりもあり、セクシュアルハラスメントを理由に懲戒処分などの不利益処分を受ける例が増えているように思います。
セクシュアルハラスメントが問題になった時、行為者の側から、しばしば
「被害者は性的に奔放であった」
と弁解されることがあります。
しかし、この種の弁解が有効に機能した例は見たことがありません。少し前にも、こうした弁解が裁判所に一蹴された裁判例が公刊物に掲載されています。
性的に奔放であることは、セクハラによる心理的負荷を希薄する理由にはならないとされた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ
それでは、こうした弁解について、無益であることを超え、有害になることはないのでしょうか?
迎合的言動がどれだけ重視されるかは措くとして、色々な事実を指摘して「合意があった」「故意がない」と主張するのは、別に問題ではないと思います。しかし、性的に奔放だからといってセクハラをして良いことにはならないはずです。人格非難・侮辱的な意味合いも帯びています。このように考えると「性的に奔放であった」という系統の弁解は「問題の本質を理解していない」「二次被害を生じさせている」といったように悪印象を与えかねず、むしろしない方がいいのではないかとも思えてきます。
近時公刊された判例集に、こうした懸念が現実化した裁判例が掲載されていました。東京地判令5.12.15労働判例ジャーナル149-64 大東建託事件です。
2.大東建託事件
本件で被告になったのは、建築工事及び土木工事の企画、設計、監理、施工などを行う株式会社です。
原告になったのは、本件当時50歳代の男性であり、被告との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、c支店で課長職として勤務していた方です。本件当時20歳代であった訴外dに対するセクシュアルハラスメントを理由に降格処分(本件懲戒処分)を受けた後、処分の無効等を主張し、降格処分前の職位にあることの確認等を請求したのが本件です。
本件では降格処分に先立ち、原告から次のような顛末書が提出されていました。
「原告は、上記面談での求めに応じて、同年10月25日、顛末書を提出した(甲5)。同顛末書には、訴外dについて、脱毛しているから陰毛がない、風呂上りは裸で寝る、交際相手の家に宿泊に行くので交際相手が好きな黒の下着を買ったといったことを、恥ずかしげもなく何でも話す、変わった人物であること等が記載されている。」
要するに、被害者は性的に奔放であったとの主張ですが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張を排斥しました。
(裁判所の判断)
・本件懲戒処分の客観的合理性及び社会通念上相当性について
「原告の前記行為は、c支店の業務課課長という地位にある原告が、同課の女性新入社員に対し、故意に身体を触るセクハラを継続的に行っていたというものであって、悪質な行為といわざるを得ない。確かに本件では、訴外dの側から親密な内容のLINEが投稿されたり・・・、原告の腹部を頻繁に触ることがあったとはいえ、原告の職位や立場からすれば、訴外dに従業員同士の適切なコミュニケーションの取り方を指導すべきところ、そのような指導をすることなく、自分からも繰り返し訴外dの身体を触り、最終的には原告の行為がエスカレートしたと感じた訴外dから抗議を受けるに至ったものであるから、本件懲戒処分の量定を検討するに際し、訴外dと原告とのやり取りや訴外dが原告の腹部を触っていたこと等を重視すべきではない。」
「そして、被告においては、従業員に対し、身体的接触等の具体例を示してセクハラ行為に対する注意喚起がされており、その上原告は、前件処分において、女性従業員の身体に触ったことを主な理由として譴責処分を受けたにもかかわらず、訴外dの身体を繰り返し触ったものである。そして原告は、訴外dから抗議の電話を受けた際も、訴外dが自分の身体を触ってきたことが理由であると述べ、被告に提出した顛末書においても、反省の弁を記載する一方で、訴外dが性的に奔放な女性であるとの印象を与える事柄を記載しており・・・、自らの行為の問題点を十分に理解し反省しているとは言い難い。」
「また、前記認定のとおり訴外dにも注意書が交付されていることに加え、原告と訴外dの年齢や被告における立場の違い、懲戒処分歴の有無等に照らせば、本件懲戒処分が訴外dとの関係で平等性を欠くとは評価できない。」
3.弁明をする/しないの判断、弁明の内容は弁護士に相談を
懲戒処分前の弁明はしない方がいいことがあります。する場合でも、後の裁判での影響をきちんと考えておく必要があります。内容によっては、本件のように「問題点を十分に理解して反省しているとは言い難い」などと処分を正当化する事情として用いられることがあります。
こうしたこともあるため、懲戒手続が開始されたら、その段階で、一度、弁護士に相談をしておくことが推奨されます。