弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理職になって給料は増えたけれど残業も増えたという方へ-管理監督者に相応しい待遇とは

1.管理監督者

 労働基準法上、

「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)

には「労働時間・・・に関する規定」の適用がありません(労働基準法41条2号)。

 労働時間に関する規定には、時間外勤務に割増賃金を支払わなければならないとする労働基準法37条1項の規定も含まれます。

 そのため、管理監督者には残業代は支払われません。

 テレビや新聞で、管理職に昇進したのに、逆に収入が減ったという現象が報道されることがあります。

 このことには、管理監督者の仕組みが関係しています。

 管理職になれば、給料や手当が従前よりも高くなるのが普通です。

 しかし、昇進先のポストを勤務先が管理監督者として扱っている場合、残業代が出なくなります。給料や手当の上昇幅よりも、出なくなった残業代の方が金額的に高いとき、「昇進したのに、逆に、収入が減った」という現象が生じます。

 管理監督者性が認められるにあたり、それに相応しい待遇がなされているか否かは、重要な考慮要素になります。

 昇進したのに、逆に、収入が減ったといった場合、それは管理監督者として相応しい処遇がなされているとは認められないと判断される可能性が高いのではないかと思います。

 それでは、昇進して一応トータルでの収入は増えているという場合はどうでしょうか。

 管理監督者には残業代を払わなくてもよくなるため、会社が管理職に対してたくさんの仕事を任せることは、比較的良く目にする光景です。

 収入が増えていれば、残業が増えても、管理監督者に相応しい待遇がなされていると言ってよいのでしょうか。

 この点が問題になった事案に、東京地判平30.3.16判例タイムズ1463-154があります。

2.東京地判平30.3.16判例タイムズ1463-1

 この事件は、いわゆる残業代請求訴訟です。

 被告会社は、管理監督者に該当することを理由に、原告(支店長)に残業代を支払っていませんでした。

 ただ、原告の収入は、昇進前よりも減っているわけではありません。月平均で5万円ほど収入は増えています。

 また、原告には支店のNo.2(統括マネージャー)よりも、100万円程度高い収入が与えられていました。

 こうした事情を前提に、原告が管理監督者として相応しい待遇を受けているかが争点の一つとなりました。

 裁判所は、次のように述べて、原告が管理監督者に相応しい待遇を受けていることを否定しました。

(裁判所の判断)

「原告の△△支店長となる前の賃金は月平均が46から48万円程度であったのに対し、△△支店長となってからの25か月の賃金は月平均51万3260円である(12か月分は615万9120円)。一月当たり5万円程度の増額があったと認められる。
しかし、△△支店長となってから労働時間は賃金台帳によれば約56時間増加している。5万円を56時間で除すると約892円であり、2割5分の割増も考慮すると基礎時給は約713円となって最低賃金(平成26年10月1日から888円、平成27年10月1日から907円、平成28年10月1日から932円。当裁判所に顕著である。)を下回る程度の待遇しかされていない。
「さらに、争点(2)の判断において詳述するが、被告のみなし残業代は弁済としての効力を有さず、基礎賃金にも含まれるというべきである。そうすると、タイムカードから認められる法外残業時間の月平均105時間04分、法内残業時間の月平均18時間27分及び深夜時間に対し、ほぼ割増賃金が支払われていないこととなる。管理監督者でなければこれに対する割増賃金の請求ができるのに対し、管理監督者とすると深夜時間以外の請求ができなくなる。」
・・・
被告は、原告の賃金は△△支店の原告に次ぐ統括マネージャーの賃金と比べて年収が100万円程度多いと主張するが、当該統括マネージャーの賃金は適切に残業代を支払ったものであると認めるに足りないこと、原告の方が残業時間が多いことなどを考慮すると、年収が100万円程度高かったとしても管理監督者にふさわしい待遇にあるとはいえない。
・・・   
「したがって、管理監督者にふさわしい待遇にあるとはいえない。」

3.管理監督者に相応しい待遇がなされているといえるには、収入増と業務量の増加が見合っている必要がある

 裁判所は、大意、

ア.確かに、収入は、支店長になる前と比べて、月平均5万円増えている、

イ.しかし、残業も、月に約56時間増えている、

ウ.増加した残業を収入の増加分と対応させると、残業代の時間単価は最低賃金付近の水準でしかない、

エ.このような内実は、管理監督者に相応しい待遇とはいえない、

とのロジックで管理監督者に相応しい待遇がなされていることを否定しました。

 年収がNo.2と比べて約100万円高いことについても、

No.2に適切に残業代が支払われていない本件では、そもそもきちんとした比較ができないはずである、、

No.2よりも原告の方が良く働いているのだから、収入が多いのは当たり前である、

といったロジックで、管理監督者に相応しい待遇がなされていることを支える事実にはならないとしています。

 結局、管理監督者に相応しい待遇がなされているといえるかは、収入の増分が業務量や責任の増分にきちんと見合っているかが問われることになります。

 収入自体が増えていたとしても、時給換算したら全然増えていない、むしろ大変になただけだというような場合には、管理監督者性を争い、残業代を請求できる可能性があります。

 大して収入が増えていないのに、仕事が増えて却って大変になった、そういった管理職の方は、管理監督者性を争い、残業代を請求できないのかを、検討してみても良いかも知れません。

 残業代が支払われていないため、この種の事件は、管理監督者性の論点で勝てば、かなりの規模にまで金額が膨らむ可能性があります。

 残業代請求をお考えの方は、ぜひ、一度ご相談ください。