弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

公金取扱い関係に該当する非違行為を一般服務関係に該当する非違行為として捕捉できるか?

1.懲戒処分の指針

 「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」や「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」、地方公共団体は、職員を懲戒処分にすることができます(地方公務員法29条1項参照)。

 しかし、これだけでは、どのような行為をした時に、どのような処分を受けるのかが分かりません。懲戒処分は公正でなければならず(地方公務員法27条1項)、やったことと処分との間のバランスが失していたり、同じことをしているのに人によって処分内容が大きく違ったりすることは許されません。

 そのため、多くの自治体では、懲戒処分をするにあたっての指針が設けられています。指針には、どのようなことをしたら、どのような処分を受けるのかについての目安が書かれています。

 自治体が作成している多くの指針では、非違行為を具体的にと特定している条項と、特定していない条項が、混在しています。

 東京都の「懲戒処分の指針」を例にとると、

「故意又は重大な過失により適切な事務処理を怠り、又は虚偽の事務処理を行い、公務の運営に重大な支障を生じさせた職員は、停職又は減給とする。」

といった条項は、事務処理上の過怠全般をカバーするものとして、非違行為が特定されていない条項といえます。

 他方、

「故意に職場において公物を損壊した職員は、停職又は減給とする。」

といった条項は、問題行動の中から「公物の損壊」行為を特定・抽出しているという意味において、行為が具体的に特定されている条項といえます。

http://www.soumu.metro.tokyo.jp/03jinji/fukumu.html

http://www.soumu.metro.tokyo.jp/03jinji/pdf/fukumu/cyoukaisisin.pdf

 それでは、行為が具体的に特定されている条項に該当すると同時に、一般条項的な規定にも違反している場合、該当の行為を一般条項的な規定で捕捉し、処分することは許されるのでしょうか?

 この点が判示された裁判例に、徳島地判令元.5.22労働判例ジャーナル90-30 徳島県・徳島県教委事件があります。

2.徳島県・徳島県教委事件

 この事件の原告は、市立中学校の教諭であった方です。

 被告は徳島県です。

 徳島県の処分行政庁となった徳島県教育委員会は、

「原告が、平成27年12月10日午後3時30分頃に、本件中学校の職員室の金庫(本件金庫)内から学校徴収金合計39万7830円が入った封筒(本件各封筒)を無断で持ち出し、これを故意に損壊したこと(ごみ箱に投棄したこと 本括弧内筆者)(以下、当該事実を『本件処分事実』という。)、及び、これによって教職員の信用を失わせ、教育に対する信頼を大きく失墜させたこと」

が懲戒事由に該当するとして、原告を懲戒免職処分にしました。

 これに対し、原告が処分の効力を争って訴訟を提起したのが本件です。

 処分は重すぎるという原告の主張の根拠になったのは、徳島県教育委員会の懲戒処分の指針です。

 同指針の

「公金等取扱い関係」
には、

「6 損壊」
「故意に県等の財産を損壊した教職員 停職、減給

と書かれていました(標準例〔2〕)。

 しかし、同指針の

「一般服務関係」

には、

「5 法令等違反・不適正な事務処理」
「(1)職務の遂行に関して法令等に違反し、又は不適正な事務処理や対応等を行うことにより、公務の運営に支障を与え、又は県民等に損害を与えた教職員 停職、減給、戒告」
「(2)(1)の場合において、公務の運営に重大な支障又は県民等に重大な損害を与えた教職員 免職、停職」

書かれていました(標準例〔1〕)。

 懲戒処分の指針は標準例を記載した参考資料に留まるものです。

 そのため、行政や裁判所が絶対的な意味で拘束されるかといえば、そのようなことはありません。その意味で、標準例〔2〕に該当するからといって絶対免職が許されないわけではありませんし、標準例〔1〕-(2)の類型で停職処分にすることができなわけでもありません。

 しかし、本件では標準例〔1〕に該当するのか、標準例〔2〕に該当するのかといった点が問題になりました。

 具体的に言うと、徳島県側は原告の行為は「標準例〔2〕に該当するとともに、「標準例〔1〕」にも該当するとして、元々免職がレンジに入っていたことを主張しました\。

 対して、原告教諭側は、本件は標準例〔2〕の適用場面であり、上限は停職処分に留まるとの主張を展開しました。

 裁判所は、以下のとおり、本件が「標準例〔1〕」に該当することを認め、免職処分を有効と判示しました。

(裁判所の判断)

「本件処分事実は、本件各封筒及びこれらに入っていた学校徴収金合計39万7830円を紛失させるものであり、これにより、予定されていた支払を円滑にすることができなかったこと・・・、

本件各封筒の紛失について、本件中学校の複数の教職員が警察から事情聴取を受けたり・・・、臨時の全校生徒集会や保護者会を開催して、生徒、保護者等に対する説明や謝罪を行ったり、e校長が報道機関の取材を受けたりした・・・ほか、教育委員会へ報告をしなければならなくなったこと・・・

から、予定された教育等の公務の運営に現に支障が生じたと認められる。」

「また、本件中学校の1学年の主任等の担当教諭であった原告が本件各封筒の紛失に関与していることが広く報道されたこと・・・

などから、生徒、保護者等の本件中学校の教育等の公務の運営に対する信頼は大きく損なわれたものと認められる。したがって、本件処分事実をした原告は、処分指針にいう標準例〔2〕に当たるにとどまらず、標準例〔1〕にいう『公務の運営に重大な支障又は県民等に重大な損害を与えた教職員』にも当たるといえる。」
「そして、上記のような事情に鑑みれば、原告が、本件各封筒の紛失の判明後、自らが関与していることをe校長に告げ、警察署にも出頭していること・・・や、本件各封筒の紛失によって本件中学校の生徒、保護者、学校関係者等に対して迷惑を掛けたことを謝罪していること・・・、比較的早期にe校長に対して同人が立替払した金員全額の被害弁償がなされていること・・・があるとしても、上記の公務の運営への支障の程度や県民等に与えた損害の程度は甚大であったといわざるをえない。」
「そうすると、原告は、これまでに本件処分を除いては懲戒処分を受けたことがなく、本件処分事実と同種の行状に及んだとも認められず、従前の勤務態度は良好であって、過去に2回教育長賞の表彰を受け、将来もこれを受ける予定であったこと・・・、原告に本件各封筒に入っていた学校徴収金を利得する目的があったとまでは認められないことを考慮しても、原告に対する本件処分が、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したとまでは認められない。」

3.懲戒免職処分を争うにあたり帰趨を的確に予想するには、一般服務関係も参照する必要がある

 以上のとおり、裁判所は、公金取扱い関係に該当する非違行為を、一般服務関係に関する裁量基準にあてはめて評価することを認めました。

 これが許容されるのであれば、公金取扱い関係の非違行為は、ことごとく一般服務関係でも問題される行為になってしまうのではないかとも思われますが、重畳的な評価を認めた裁判例があることは、不服申立の帰趨を予想するうえで考慮しておかなければなりません。「公金取扱い関係の非違行為だから、その枠内でこうなるはずだ。」と安易に考えることはできません。

 公務員の懲戒処分の当否を検討するにあたっては、読み解かなければならないルールが多数あります。

 一般の方が自力で関係法令を調査し、裁判例を読み込むのは難しいと思います。懲戒処分に納得ができないと思った時に、不服申立措置をとる意味があるかを検討するにあたっては、この分野に詳しい法律家に相談してみることが必要です。