1.「◯◯手当には、時間外労働手当が含まれる」
「◯〇手当には、時間外労働が含まれる」といった形式で定められた手当について、固定残業代だと主張されることがあります。
しかし、固定残業代として有効であるためには、「時間外の割増賃金に当たる部分」が、きちんと「判別」できる必要があります(最一小判平24.3.8労働判例1060-5テックジャパン事件参照)。
テックジャパン事件は基本給組込型の固定残業代の有効性を判示した事案ですが、その趣旨は手当型にもあてはまります。例えば、東京地判平30.3.16労働経済判例速報2357-3クルーガーグループ事件は、「残業代以外の趣旨も含んでいたと認められ、残業代とそれ以外の部分が明確に区分されていたとはいえない」ことを理由に、みなし残業代5万円の固定残業代としての有効性を否定しています。
「〇〇手当には時間外労働手当が含まれる」といった書きぶりがされている場合、当該手当には、時間外の割増賃金にあたる部分と、それ以外の部分とが混在しているかのように読むことができます。
こうした場合、当該手当を固定残業代として取り扱うことが許されるのでしょうか。
この点が問題になった近時の裁判例に、東京地判平31.2.22労働判例ジャーナル90-56富士誇事件があります。
2.富士誇事件
本件は、労働者が原告となって、勤務先に対し、残業代を請求した事件です。役職手当の固定残業代としての有効性が争点の一つとなりました。
本件で原告に交付された労働条件通知書には、
「賃金について、『基本賃金;(280,000円)』、『諸手当の額又は計算方法イ 役職手当(みなし残業手当)有(120,000円)』『時間外労働の有無に係わらず、役職手当には時間外労働手当が含まれる』との記載」
がありました。
この書きぶりからすると、役職手当には時間外労働手当以外の性質も含まれているかのように読めるところ、事案外労働手当の部分とそれ以外の部分とを判別することができるといえるのかが問題となりました。
裁判所は、次のように述べて、役職手当の固定残業代としての有効性を認めました。
(裁判所の判断)
「労働条件通知書には、『役職手当には時間外労働手当が含まれる。』と記載されていたところ・・・、このような記載のみをみた場合、原告の主張するとおり、役職手当のうち一部は時間外労働手当であるものの、その余の部分は時間外労働手当ではないと解することが可能である。他方、上記記載のみをみた場合、被告の主張するとおり、役職手当全てが、役職手当の性質と時間外労働手当の性質を併せ持つと解することもできる。」
「そこで、他の事実を踏まえて、労働条件通知書上の上記記載をどのように解すべきか検討すると、
〔1〕労働条件通知書において、単に『役職手当12万円』とは記載されておらず、敢えて『役職手当(時間外労働手当)12万円』と記載されていたこと・・・、
〔2〕給与明細上、役職手当の全額が定額残業代又は固定残業手当と記載されていたこと・・・、
〔3〕役職手当全てが時間外労働手当であることを前提として、時間外労働等に係る割増賃金のうち、1か月12万円を超える金額については精算が行われてきたこと・・・、
〔4〕原告に対して支払われた役職手当12万円は、基本給を28万円、1か月当たりの所定労働時間160時間を基に計算すると、約55時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するところ、降格という特別な事情が生じるまでの間、原告の時間外労働等に係る時間は、1か月当たり、35時間以上45時間未満が2回、45時間以上55時間未満が4回、55時間以上65時間未満が0回、65時間以上75時間未満が6回であり、役職手当全額を時間外労働等に対する対価とみると時間外労働等に係る実態と大きくかい離するものではなかったこと・・・)
を総合すると、役職手当の全てが、時間外労働等に対する対価であり、有効な固定残業代であったというべきである。」
3.固定残業代としての有効性を判断するうえでのチェックポイント
裁判所が結論を導くにあたり重視したポイントは、労働条件通知書の記載、給与明細での取り扱い、精算の実績、時間外労働の実態の四点です。
ここで目を引くのが、精算の実績や、時間外労働の実態が指摘されていることです。
差額精算の合意(実際の残業代が固定残業代を上回る時に、その差額をきちんと支払うことを内容とする合意)を固定残業代の有効要件と理解することに、実務は消極的です(佐々木宗啓ほか『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕128頁参照)。しかし、差額精算の実績は固定残業代の有効性を検討するうえでの要素にはなります。例えば、差額精算の実績が全くないような場合、「当該手当は本当に残業と紐づいているのか? 残業と結びついた要素があるにしても、それ以外の力学・要素が働いているのではないか?」という形で問題提起ができるかも知れません。
また、実際の残業時間は20~30時間であるのに、100時間分にも相当するような固定残業代が定められている場合、言い換えると、労働時間管理を放棄する道具として固定残業代が運用されているような場合、時間外労働の実態との乖離を主張することで、時間外労働以外の要素も含まれているということができるかも知れません。
固定残業代に関する紛争は頻発しており、公表裁判例も多数に及びます。有効性を争うための切り口も大量にあり、専門家に相談せず自力で有効性を検討することが難しい問題の一つです。
固定残業代として想定されている時間以上に働いているのに差額が全然支払われない、どう考えても超えるはずのない水準の時間数を前提に固定残業代が設定されている、そうした仕組みのもとで働いている方がおられましたら、その固定残業代が本当に有効といえるのか、一度、弁護士に相談してみても良いだろうと思います。