弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

非正規公務員が雇止め(再任用拒否)された理由を知る方法としての裁判

1.非正規公務員の雇止め(再任用拒否)

(1)民間の雇止め法理

 雇止めという言葉があります。

 これは

「期間の定めのある雇用契約により雇用される者について、当該期間の満了の際に、使用者が契約の更新を拒否すること」

をいいます(法令用語研究会編『法律用語辞典』〔有斐閣、第4版、平24〕1119頁参照)。

 民間の場合、労働者を雇止めから保護する仕組みがあります。

 大雑把に言うと、

① 有期契約が反復更新されていて期間の定めのない労働契約と同視できるような場合

② 契約が更新されることに合理的な期待がある場合

のいずれかに該当する場合、労働者側が更新を希望しているにもかかわらず有期労働契約を終了させるためには、客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性が必要になります(労働契約法19条)。

 客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性が認められない場合、労働契約は従前と同じ条件で更新したものと扱われます。

 解雇された場合、労働者は使用者に対して解雇理由の証明書の交付を求めることができます(労働基準法22条1項)。

 雇止めの場合にも、一定の場合には、労働者からの請求に応じて、使用者は契約を更新しない理由についての証明書を交付しなければならないとされています(有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準 平成15年10月22日 厚生労働省告示357号)。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=73aa5469&dataType=0&pageNo=1

 こうした仕組みを利用して、契約を更新してもらえなかった労働者は、その理由を知ることができます。そして、使用者側が提示した理由の客観的合理性・社会通念上の相当性に疑義があれば、法的措置をとるかどうかを検討することになります。

(2)非正規公務員はかなり多い

 非正規で働く方が多いのは民間に限ったことではありません。公務員もかなりの割合を非正規の方が占めています。

 総務省の資料によると、平成28年の地方公務員の総数は、273万7263人です。

http://www.soumu.go.jp/iken/kazu.html

http://www.soumu.go.jp/main_content/000608426.pdf

 平成28年4月1日時点での地方公務員の臨時・非常勤職員の総数が64万3131人なので、全職員の約23.4%は非正規である計算になります。

 また、内閣官房の一般職国家公務員在職状況統計表によると、平成30年7月1日時点の常勤職員の総数が26万5835人であるのに対し、非常勤職員数は14万8076人います(ただし、内2万1382人は比較的問題が少ないと思われる「委員顧問参与等職員」)。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jinji_toukei.html

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/joukin_toukei.pdf

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/hijoukin_toukei.pdf

(3)非正規公務員の雇止め(再任用拒否) 

 非正規公務員の方も、任期満了により再任用されないという方がいます。

 しかし、公務員の場合、民間のような保護はありません。

 労働契約法22条1項は

「この法律は、国家公務員及び地方公務員については、適用しない。」

と労働契約法19条の適用がないことを明記しています。

 雇止め法理を類推することを肯定した確定判決もありません。

 信義則等を根拠に雇止めを無効として地位確認を認めた判例が一例(東京地判平18.3.24労働判例915-76 情報・システム研究機構(国情研)事件)だけありますが、上級審(東京高判平18.12.13労働判例931-38)で取り消されています。

 実際の運用はともかく、法の建付け上、任期付き公務員には、身分の継続性という発想がありません。

 雇止め法理の適用も類推適用もないため、雇止めされた理由の開示を求めるための仕組みがあるわけでもありません。

 非正規公務員の方は、再任用されなかった場合、その理由を知る方法が制度的に担保されていないのが実情ではないかと思います。

2.東京地判平29.6.14判例タイムズ1462-190

 非正規公務員の方が、再任用されなかった理由を知ろうと思った場合、個人情報保護法や個人情報保護条例に基づいて、保有個人情報の開示請求を行うという手段が考えられます。

 しかし、これも情報が十分に開示されなかったり、文書自体の存否の回答が得られなかったりするなど、必ずしも十分に機能しないことがあります。

 こうした状況のもと、再任用をしなかった理由を開示しなかった自治体の措置の適法性が争われた裁判例が判例集に掲載されていました。

 東京地判平29.6.14判例タイムズ1462-190です。

 この事案で原告になったのは、東京都で定年後再任用されていた教員の方です。

 被告になったのは東京都です。

 定年退職後、1年間は教員として再任用してもらえましたが、被告東京都から翌年度の再任用はしないとの通知を受けました。

 原告は、東京都教育委員会に対し、

「非常勤教員採用選考にあたって好調が提出した書類一式(本人が提出したものを除く。)平成26年度要」

という内容で保有個人情報の開示請求をしました。

 被告東京都は、対象文書を

「非常勤教員採用選考推薦書兼業績評価書」

「推薦しない理由書の有無に関する情報」

と特定したうえ、

「非常勤教員採用選考推薦書兼業績評価書」

に関しては校長の率直な意見の表明がされなくなるおそれがあるなどとして

「性格欄」

「推薦項目のうち校長が記載する評価、判断の部分」

の部分を非開示としました。

 また、

「推薦しない理由の有無に関する情報」

については存否応答拒否としました。

 本件では非常勤教員の地位にあることの確認とともに、こうした取扱いをしたことの国家賠償法上の違法性の有無が争点になりました。

 なお、裁判では、

「非常勤教員採用選考推薦書兼業績評価書」

「推薦しない理由書」

のいずれも、非開示とされた部分も含めて全体が書証として提出されました。

 裁判所は次の通り述べて非開示決定・存否応答拒否決定はいずれも違法ではないと判示しました。

「証拠(甲4、乙5の1)によれば、本件業績評価書の非開示部分には、校長による採用申込者についての評価、判断に関する情報が、相当程度具体的に記載されていることが認められる。」
「しかるところ、当該情報が採用申込者に開示されると、所属長において、自らの評価、判断が採用申込者に伝わること、特に当該申込者の希望しない評価、判断がされる場合に当該申込者からの反発を恐れて、ありのままの執務状況を報告しなかったり、それに基づく所属長の率直な評価をしなかったりすることがあり得るのであり、その結果、都教委がする試験、選考に関し、公正な判断が行えなくなるおそれがあるというべきである。」
「そうすると、本件業績評価書の非開示部分に記載された情報を開示した場合には、『試験、選考、診断、指導、相談等に係る事務』に関し、公正な判断が行えなくなるおそれがあり、その事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあったといわざるを得ない。」
「また、証拠(乙5の2)によれば、本件理由書には、校長による採用申込者についての評価、判断に関する情報が本件業績評価書以上に詳細かつ具体的に記載されていることが認められるから、これを開示した場合には、前記(ア)と同様、『試験、選考、診断、指導、相談等に係る事務』に関し、公正な判断が行えなくなるおそれがあり、その事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるといえる。」
「また、推薦しない理由書は、前提事実(8)イのとおり、採用申込者を非常勤教員に推薦しない場合に限って作成されるため、その存否が明らかにされると、そのこと自体から当該所属長が当該採用申込者を非常勤教員に推薦しなかったことが明らかになるのであり、『試験、選考、診断、指導、相談等に係る事務』の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある情報を開示してしまうことになる。」
「そうすると、推薦しない理由書は、それが存在しているか否かを答えるだけで、非開示情報を開示することとなるといえるから、本件個人情報保護条例17条の3が適用されるというべきである。」

3.理由を知る方法としての裁判

 最高裁は日々任用職員の雇止めが問題になった事案において、

「任用予定期間の満了後に再び任用される権利若しくは任用を要求する権利又は再任用されることを期待する法的利益を有するものと認めることはできないから、大阪大学学長が上告人を再び任用しなかったとしても、その権利ないし法的利益が侵害されたものと解する余地はない。」

という判示をしています(最一小判平6.7.14労働判例655-14大阪大学(図書館事務補佐員)事件)。

 理由がどうだろうが、どうせ再任用されることはないのだから、再任用されなかった理由を知ったって意味なんかない、再任用拒否された理由を知る制度的な担保がない背景には、そうした発想があるように思われます。

 この発想は、個人情報保護条例に基づく保有個人情報の不開示等を適法とした判断にも通じるものがあります。

 しかし、法の建付けはどうあれ、再任用拒否が違法であると訴訟を起こせば、国や自治体も再任用拒否の理由を文書できちんと主張・立証してくるようです。少なくとも、本件では、そうした応訴活動(非開示部分も含めた文書提出、存否応答拒否とされた文書の提出)がなされています。

 大阪大学(図書館事務補佐員)事件は、上述の判示に続いて次のようにも述べています。

「任命権者が、日々雇用職員に対して、任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保障するなど、右期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別の事情がある場合には、職員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国家賠償法に基づく賠償を認める余地があり得る

 地位確認の請求は難しくても、再任用拒否に対しては、国家賠償請求の余地は残されています(実際、認容例も幾つかはあります)。

 再任用拒否に思い当たる節がない、どうしても納得できない、理由を知りたい、そうした思いを抱えている方は、保有個人情報の開示だけではなく、訴訟提起も選択肢の一つとして検討してみてもよいかも知れません。そう簡単に勝てる訴訟類型ではありませんが、少なくとも自分が再任用されなかった理由は知ることができるのではないかと思います。