弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就活における学歴差別-出身校の校名「だけ」を理由に差別することは許されるのか?

1.学歴を理由に不採用にすること

 ネット上に、

「『よくそんな学歴で応募しようと思ったね』就活生への露骨な差別発言、法的問題は?」

という記事が掲載されています。

https://www.bengo4.com/c_5/n_10057/

 記事は、

「インターネットのQ&Aサイトにも、今年7月、『面接で、学歴のことで露骨に嫌味を言われたり、遠回しに馬鹿にされたりして、落ちることが多いです』という投稿が寄せられている。」

「投稿者によると、あるメーカーのグループ面接では、MARCHなどの学生と、国士舘大学に通う投稿者とで、面接官の態度があからさまに違ったのだという。」

「『私以外の学生に対しては、フレンドリーで、大学生活について興味津々に聞いていました。しかし、私に対しては質問もほとんどなく、「よくそんな学歴でウチに応募しようと思ったね」というようなことまで言われました』と投稿者はいう。」

との設例をもとに、学歴を理由に不採用にすることの法的問題について解説しています。

 回答者の弁護士の方は、

「結論として、違法ではないと考えられます。」

「たしかに、『学歴』のみで特定の応募者の機会を奪ってしまうことは、差別のようにも思われます。公正な採用選考という観点でいうと、『性別』での差別を禁止する男女雇用機会均等法や、『年齢』制限を禁止する雇用対策法などの各種規制がありますから、学歴を理由に不採用とすることも許されないのではないか、と考える人がいてもおかしくありません。」

「しかし、企業には『経済活動の自由(憲法22条および29条)』が認められています。最高裁判決では、これを根拠に、企業の『採用の自由』を広く認めています(三菱樹脂事件・昭和48年12月12日判決)。」

「そのため、採用時の学歴による選別自体が、違法になるとは考えられないのです」

 ただ、

「学歴を踏まえた差別的な発言がなされた場合、これが違法と判断される可能性は大いにあります。採用担当者が学生に対して、人格的非難を行ったとして、人格権侵害により民事上違法とされるリスクが高いためです。」

と回答しています。

 私の感覚では、この回答は法律家・弁護士としての一般的な理解を記述したもので、決して誤りではないと思います。

 ただ、一方で、本当に学歴「のみ」を理由に差別的な扱いをされた場合に、法的に何も言えないかに関しては、検討の余地があるかも知れないなとも思います。

2.東京地判平21.1.28労働判例1057-128エクソンモービル事件

 学歴差別の存否が問題になった労働事件として、東京地判平21.1.28労働判例1057-128エクソンモービル事件があります。

 複雑な事案ではありますが、関係する部分だけを要約すると、本件は「事務・技能職」にあった原告らが、「専門職」に位置づけられている従業員との比較において、賞与一時金の支給基準に差異が設けられているのはおかしいとして会社を訴えた事件です。

 被告会社は

「エッソ石油及びモービル石油の時代から、従業員を学歴に応じて四年制大学又はそれ以上の教育課程を修了した者を『専門職』、それに満たない教育課程を修了した者を『事務・技能職』として区別するコース別人事管理を採用して」

いました。

 これを根拠として、原告らが、

専門職と事務・技能職の区別は学歴のみによるものであるが、従業員は大卒かそれ以外の学歴かに関わらず同等の職務に従事して貢献しているから、非専門職であることを理由とする一時金支給月率の引下げは不合理な学歴差別であ(る)

などと学歴差別を主張しました。

 裁判所は次のとおり述べて、専門職と事務・技能職で賞与の支給基準に差異を設けても違法ではないと判示しました。

「四年制大学以上の教育課程を修了するなど高度の教育を受けた者に対し、これに満たない教育課程を修了した者に比して、その従事する職務について高度の専門性、職務遂行能力、判断力及び責任を期待し、その職務内容及び職責に応じた厚遇をすることは、わが国に存在する企業に数多く見受けられることは顕著な事実であり、一般に企業が高度の教育を受けた者に対し、上記のような期待及び処遇をすることが、企業運営上、その裁量を逸脱した不合理なものとはいえない。かかる取扱いをもって学歴のみを理由とする不合理な差別ということはできない。

「よって、原告らの上記主張は理由がない。」

3.学歴「のみ」を理由とする差別は問題になり得るかもしれない

 結果として労働者が敗訴した事案ではありますが、この「学歴のみを理由とする」という文言は注目しても良いのではないかと思います。

 裁判所は四年生大学の卒業者に対し、高度な教育を受けた者として、高校卒業以下とで処遇を変えることには問題ないと判示しました。教育によって獲得されている能力に基づく差異であって、学歴のみが理由になっているわけではないからいいのだという発想ではないかと思います。

 しかし、これは裏を返せば、本当に「学歴」のみを理由に差異を設けたとすれば、違法となり得ることを含意しているという見方もできるのではないかと思います。

 また、一般的な弁護士であれば、依頼人である企業から、

「総合職を出身大学の偏差値帯でランク付けし、賞与の額に差異を設けたいと思うが、どうか。」

という相談を受けたら、

「そんな無意味なことは止めた方がいいです。訴訟リスクもあると思います。」

と制止すると思います。

 そういったことを考えていくと、四年生大学の卒業者同士との関係で、出身校という意味での学歴「のみ」を理由に採否を決めるということは、ひょっとしたら法的に争える余地があるかも知れないなとも思います。

4.ただ、実際には立証上の難点があるし、無理に差別構成をとる必要もないであろう

 個々の人格には、学歴だけではなく色々な差異があります。学歴「だけ」を理由に採用を拒否した・不利に扱ったことを認定できるような事案は、極めて限定的ではないかと思います。

 考えられるとすれば、採用権を持っている面接担当者の

「大学名だけみれば十分。それ以外のところは全く見る必要がありません。あなたを採用することは絶対ありません。」

などという発言が録音媒体に記録されているようなケースではないかと思います。

 しかし、今日では、学歴至上主義的な価値観を持っている方が面接担当者になることも、上記のような発言がなされることも、それほどあるのかなと言う気はします。

 また、仮に、問題発言が取れた場合も、わざわざ立証の困難な差別の問題に立ち入らなくても、普通に人格権侵害を理由とする不法行為構成で被害救済は図れるため、実務家的な発想として差別かどうかを考えなければならない場面は相当限定されるだろうとも思います。

 採用前の場面と既得権を得た採用後の場面とでは全く状況が異なりますし、私が記載したようなエクソンモービル事件の判旨の理解は、それほど一般的ではないとも思います。

 また、学歴や出身校名だけで人の採否を決めるような時代でもないため、思考実験的な意味合いが強いものの、リンク先の記事を読んで、ひょっとしたら出身大学のみによる不利益取扱いは法的に争う余地もあるかもしれないなと思いました。