弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

長時間労働で体を壊しながら、対象疾患ではないとして労災認定されなかった方へ

1.対象疾患

 労働者災害補償保険法7条1項1号は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(業務災害)に関する保険給付を行うことを定めています。

 業務災害に関する保険給付がどういったものなのかは、労働者災害補償保険法12条の8に規定されています。

 そして、同条2項は、労働基準法75条に規定する災害補償の事由が生じた場合に、被災労働者や遺族からの請求に基づいて保険給付を行うことを定めています。

 労働基準法75条1項は

「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。」

としており、同2項は、

「前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める」

としています。

 これを受け、労働基準法施行規則35条が、労働基準法75条2項の「業務上の疾病」を同規則別表第1の2に掲げる疾病とすることを定めています。

 労働基準法施行規則別表第1の2は「八」で、

「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤りゆう又はこれらの疾病に付随する疾病」

が業務上の疾病として労災の対象になることを明らかにしています。

 これを受けて、脳・血管疾患等の労災の認定基準を示したものが、

基発第1063号 平成13年12月12日 改正基発0507第3号 平成22年5月7日「脳血管疾患及び虚血性心疾患(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(以下「認定基準」といいます)

です。

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-11.html

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf

 認定基準は労災の対象となる疾患を限定列挙しています。

 具体的には、

脳血管疾患として、(1) 脳内出血(脳出血)、(2) くも膜下出血、(3) 脳梗塞、(4) 高血圧性脳症が、

虚血性心疾患等として、(1) 心筋梗塞、(2) 狭心症、(3) 心停止(心臓性突然死を含む。)、(4) 解離性大動脈瘤が

掲げられています。

 認定基準では、

「脳・心臓疾患の発症と業務との関連性を判断する上で、発症した疾患名は重要である」

と位置付けられていて、対象疾患以外の疾患で労災認定されることは、裁判例によって認められたものがありはするものの、基本的に異例といってよいのではないかと思われます。

 そうした状況のもと、対象疾患に掲げられていない疾患(ウイルス感染を原因とする劇症型心筋炎)で労災を認めた裁判例が公刊物に掲載されていました。

 大阪地判令元.5.15国・大阪中央労基署(La Tortuga)事件 労働判例1203-5です。

 この事件では、長時間労働で体を壊しながら、対象疾患ではないとして労災の枠外に置かれてしまった方に対する希望となるような判示がなされています。

2.国・大阪中央労基署(La Tortuga)事件

 この事件で疾患に罹患したのは、人気フレンチレストランで調理師として働いていた方です。

 平成24年11月24日に「急性(劇症型)心筋炎、急性心不全」と診断され、入院加療を受け一度は退院したものの、平成26年6月に死亡しました。

 直接の死因は脳出血であったものの、その原因は劇症型心筋炎の症状の改善のために行った補助人工心臓装着状態であると診断されました。

 本件で問題となったのは、遺族補償給付等の受給の可否をめぐり、この劇症型心筋炎に罹患したことが、業務上の災害に該当するかです。

 裁判所は次のように述べて、劇症型心筋炎への罹患を業務上の災害であると認めました。

亡Aは、上記認定事実(3)アないしカのとおり、本件期間において、平均して1か月当たり約250時間の時間外労働に従事していたと認められる。
「確かに、M医師が指摘するとおり、『何時間の労働であれば、細菌やウイルスに対する免疫がどの程度低下するか』については、明らかでなく、亡Aの免疫力の低下を直接的に示すデータがあるとはいえない(乙22)。しかしながら、認定基準においても、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられるのは、労働時間であり、その時間が長いほど、業務の過重性が増すとの指摘がなされている(認定事実(2)ア(イ))ところ、上記のとおり、亡Aの時間外労働時間数は、認定基準によって、業務と虚血性心疾患等の対象疾病の発症との関連性が強いと評価できる時間(発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間の時間外労働)を、長期間にわたって大幅に超えるものであるであって、かかる長期間かつ長時間にわたる時間外労働に従事したことは、睡眠時間の極端な不足、極度の肉体的及び精神的負荷を生じさせ、もって、疲労の著しい蓄積をもたらしたものであると認められる。そして、上記(2)で認定説示のとおり、疲労の蓄積は免疫力の異常を生じさせるものということができるところ、本件のように長期間にわたって、極端に長時間の労働に従事することによって、疲労の著しい蓄積が生じていた場合には、それに応じて、亡Aの免疫力に著しい異常が生じていたものと認めるのが相当である。

長期間にわたる、平均して1か月当たり約250時間の著しい時間外労働を含む長時間労働は、免疫力の著しい異常により、自然免疫反応の低下あるいは獲得免疫反応の過剰を来し、感染症を発症及び重篤化させて死亡に至る危険を内在するものであるということができ、本件疾病の発症、すなわち心筋炎の発症及びその劇症化は、亡Aの業務に内在する上記危険が現実化したものであると認められる。」
「被告は、医学的見地に照らすと、亡Aの業務と、心筋炎の発生及び心筋炎の劇症化との間の因果関係が認められず、認定基準においても、外因であるウイルスによる感染症の急性心筋炎を対象疾病として想定すべきとする医学的な根拠、新知見はないと判断されたなどと主張し、M医師、O名誉教授、K医師の各意見書を提出する(乙6、19、22)。」
「確かに、免疫反応は複雑なシステムであり、病原体であるウイルスの活性、増殖するウイルスへの持続的感染、宿主の免疫による心筋細胞に対する持続的傷害等が、それぞれ、心筋炎の発生及び劇症化にどのように影響を及ぼすのかといった点や、時間外労働時間数がどれほどの時間であれば、マクロファージ等自然免疫担当細胞の成熟化、活性化がどの程度妨げられ、NK細胞の数の減少や活性の低下がどの程度もたらされ、CD4陽性T細胞又はCD8陽性T細胞の増加がどの程度生じるかといった点などの、詳細な内容が医学的に解明されているとは認められず、それゆえに、M医師、O名誉教授及びK医師が述べるように、宿主である亡Aの遺伝的背景その他個体因子など、業務外の事情が、本件疾病の発症に作用した可能性を排除することはできない。」
「しかしながら、上記アのとおり、本件疾病の発症、すなわち、心筋炎の発症及びその劇症化には、本件疾病の発症前12か月間もの長期間にわたって、平均して1か月当たり約250時間の著しく長い時間外労働を含む長時間労働への従事という、免疫力に著しい異常を生じさせることの明らかな事情が作用したと考えられる一方で、かかる長時間労働以外に、本件疾病(心筋炎の発症及び劇症化)の発症に作用した可能性がある個別具体的な事情(例えば、亡Aの遺伝的背景等)の存在を認めるに足りる的確な証拠は認められないことからすると、業務外の事情が本件疾病の発症に作用した可能性は、具体的なものであるということはできない。したがって、M医師、O名誉教授及びK医師らによる指摘内容は、労災保険制度の下において、本件における亡Aに係る長時間労働と本件疾病発症との間の条件関係及び相当因果関係の存在を覆すものとはいえない。」
「なお、ウイルスによる感染症である本件疾病は、認定基準の対象疾病には含まれてはいないところ、上記のとおり、感染症の発症には様々な要素が複雑に作用しあうから、長時間労働とウイルスによる感染症との因果関係の有無を判断するに当たっては、とりわけ慎重な検討を要するものというべきではあるが、ウイルスによる感染症が認定基準の対象疾病に含まれていないとの事情は、個別事案の特殊性、特に本件のように極端に長い時間外労働に従事したという事情を考慮してもなお、医学的見地によれば、ウイルスによる感染症の発症には業務起因性を肯定する余地がないことを意味するものと理解することはできない。そうすると、本件疾病が認定基準の対象疾病に含まれていないことは、本件疾病の業務起因性を否定する事情であるとはいえない。

「以上によれば、客観的にみて、本件疾病の発症は、亡Aに係る業務に内在する危険が現実化したものであるといえ、亡Aの長時間労働と本件疾病発症との間に因果関係(条件関係及び相当因果関係)があると認められる。」

3.裁判所の論理の応用可能性

 判決の論理は、要するに、

① 月250時間を超えるような異様な時間外労働が長時間継続していた、

② ここまで酷い長時間労働が恒常化していれば、免疫力に著しい低下が生じていたと認められる、

③ ウイルス性心筋炎の発症、劇症化は、長時間労働によって引き起こされた免疫力の異常に内在している危険が現実化したものにほかならない、

④ そうであれば、他の可能性を基礎づける具体的な事情でもない限り、長時間労働と発症との相当因果関係は覆されない、

⑤ ウイルスによる感染症である本件疾病は認定基準の対象疾病ではないものの、それは必ずしも業務起因性を否定する理由にはならない、

というものです。

 とりわけ慎重な検討を要するとの留保はあるものの、業務災害と認められる疾病を認定基準の対象疾病に限定しない理解をとったのは画期的だと思います。

 また、長時間労働の事実から、免疫力の異常を媒介に、疾病との業務起因性を認めるという認定の手法も、未解明のことが多い領域での医学論争に踏み込まずに被災者を救済する手法として、応用の可能性のある意義深い判示ではないかと思います。

 この判決は、長時間労働で体を壊しながら、対象疾患ではないという形式的な理由で労災認定の救済を受けられなかった方にとっての希望となるものではないかと思います。

 このようなロジックがとれるのであれば、自分のケースでも労災が認められるのではないかとお考えの方は、ぜひ、一度ご相談頂ければと思います。