弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理職はプライベートを優先して早退してはダメ?

1.管理監督者の出退勤の自由

 管理監督者には時間外勤務手当を支払う必要がありません(労働基準法41条2号参照)。ただ、この管理監督者に該当するためには、①事業主の経営上の決定に参画し、労務管理上の決定権限を有していること、②自己の労働時間についての裁量を有していること、③管理監督者にふさわしい待遇を得ていることといった要素を満たしている必要があります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕172-173頁参照)。

 それでは、管理監督者と扱われている方は、労働時間についての裁量を有していることを根拠に、自由に早退することが許されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたって参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令1.12.5労働判例ジャーナル100-52本多通信工業事件です。

2.本多通信工業事件

 本件で被告になったのは、電子機器の製作販売などを行う株式会社です。

 原告になったのは、被告で課長として採用され、勤務していた方です。譴責、減給を経た後、懲戒解雇となったため、各懲戒処分の無効や地位確認を求めて出訴したのが本件です。

 本件で興味を惹かれた論点の一つが、譴責処分の有効性です。

 被告会社は、早退が多いことの指摘・注意に従わなかったことを受け、原告に役割トランスファー制度(降格等が必要と考えられる場合に適用される被告における人事上の制度であり、概ね6か月間の観察期間の間に対象者に改善活動を実施させ、担当役員がその間の観察結果を被告の経営会議に諮問し、現職継続の可否を判断する制度)を適用することを決定しました。

 しかし、原告は役割トランスファー制度の適用の受け入れを拒否しました。被告会社はこれを懲戒事由として構成し、譴責処分を言い渡しました。

 これに対し、原告の方は、

「早退は管理職として常識的な範囲であ」る

などと主張して、譴責処分の効力を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、譴責処分の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、平成27年度人事評価のフィードバック面接において、直属の上司であるcから早退が多いことについて指摘を受け、その後、役員であるdから原告が早退することによりチームの意欲が低下することになる旨の注意を受けたにもかかわらず、これに従わず早退をしたことから、被告は、原告の自己中心的な態度の改善を図るため、賞罰委員会を開催した上で役割トランスファー制度の適用を決定したが、原告は同制度を受け入れることを拒否したものと認められる。

上記の経緯に照らせば、同制度の適用を拒否した原告の行為は、就業規則35条14号『経営に著しく非協力なとき、もしくは業務上の指揮命令に不当に反抗し誠実に勤務しないとき』に該当するというのが相当である。

「原告は、役割トランスファー制度を適用することは、合理的理由がなく違法・無効であり、これを拒否したことを理由としてされた本件譴責処分も違法・無効である旨主張する。」

「しかしながら、証拠・・・によれば、原告の早退の時間は、平成27年度が63時間、平成28年度(8月まで)が45時間に及ぶことが認められ、また、前記認定事実によれば、原告が早退の理由として述べる事情は、子の留学準備や水虫の治療があるという個人的な事情であり、かかる早退の時間や理由に鑑みれば、被告が他の従業員との関係を考慮して原告の早退について改善を求めることは相当というべきである。原告は、早退の理由として、自らが労働時間について裁量のある管理職であり、所定労働時間外にも業務を行っていたことをあげるが、被告の指摘する管理職としての他の従業員との関係に対する配慮について理解が欠けているといわざるを得ず、自己の意見に固執して被告の注意に従わず早退を繰り返していたことが正当化されるものではない。

「したがって、原告に対して役割トランスファー制度を適用したことに合理的な理由がないとはいえず、原告の主張は、採用することができない。」

3.管理監督者であると認定されているわけではないが・・・

 管理監督者性が争点となっている事案でないこともあり、裁判所は原告が労働基準法上の管理監督者であったのかは認定していません。そのため、原告の方が、労働時間に対する裁量権を有してる管理職だったのかまでは明確ではありません。

 ただ、それを措くとしても、裁判所は、個人的な事情で早退したことについて、

「管理職としての他の従業員との関係に対する配慮について理解が欠けている」

と否定的に評価し、出退勤の自由の範囲内だとする原告の反論を採用しませんでした。

 最近では少なくなりつつあるように思われますが、遅くまで居残る管理職に気兼ねして、部下が無駄に居残るという現象があります。本件はこれの逆で、プライベートを優先して管理職が率先して早退していたことが問題視されました。

 個人的には、管理職であるかどうかに関わらず他の従業員との関係性に配慮して出退勤の時刻を調整するという発想は、前時代的で非効率であるように思われますが、同調圧力や空気を読まずに早退を繰り返していると、企業風土によっては降格や懲戒処分の対象になりかねないことには注意が必要です。