弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

発達障害を理由とする不合格処分が違法とされた例-国家賠償法と障害法制(〇〇基本法)との関係性

1.国家賠償請求訴訟における違法性要件と根拠規範の範囲

 国家賠償法1条1項は、

「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」

と規定しています。

 この違法性要件の理解は極めて難解なのですが、

「最高裁判所の判例の趨勢は、国賠法上の違法性について、違法性相対説・職務行為基準説に立っている」

と理解されています(宇賀克也ほか編著『条解国家賠償法』〔弘文堂、初版、平31〕118頁参照)。

 一般の方は、違法性相対説、職務行為基準説と言われても何のことか分からないと思います。

 違法性相対説とは行政処分の「違法性」と国家賠償法上の「違法性」とは意味内容が異なるとする見解です。職務行為基準説とは、ごく簡単に言えば、国家賠償法上の違法性を公務員の職務上の注意義務に違反として把握する考え方を言います。

 この考え方を前提にすると、処分要件を満たさない行政処分が行われたことが立証できたとしても、それが公務員の職務上の注意義務違反に起因するものでない場合、国家賠償請求は棄却されることになります。

 つまり、国家賠償請求訴訟で勝ち切るためには、

① 行政に何等かの法令違反が観念できること、

② 当該法令違反が公務員としての職務上の注意義務違反に起因していること、

の二つの立証命題をクリアする必要があります。

 私の感覚ではあまり活発に議論されているという認識はないのですが、この「法令違反」を導くための根拠法令をどこまで読み込むことができるのかという問題があります。処分の根拠法令に限定されるのか、それとも、処分の根拠法令を離れた法令まで含まれるのか、含まれるとしてそれをどこまで拡張できるのかという問題です。

 この問題を理解するうえで、興味深い裁判例が近時公刊された判例集に掲載されていました。高松高判令2.3.11労働判例ジャーナル99-24 高知県事件です。

2.高知県事件

 本件は職業訓練の受講を申し込み、その選考を受験した方が、広汎性発達障害を理由として不合格処分を受けたとして、国に対して損害賠償等を請求した事件です。

 選考は筆記試験(100点満点)と面接試験(100点満点)で構成されていて、原告を入れて14名が受験しました。

 原告の方の筆記試験の成績は94点・3位でしたが、面接試験の結果は12点・14位でした。総合順位は8位であったものの、面接試験の「安全に実技を行うことができる健康状態であり、訓練を受講・修了することに支障がない」との項目がゼロ評価されたため、選考結果の最下位に位置付けられました。

 その後、不合格理由の文書開示請求などを経て、こうした事情を認識した原告から、障害者差別ではないかという問題提起がされたという流れになります。

 職業訓練は職業能力開発法4条2項を根拠とする事業です。

 職業能力開発法4条2項は、

国及び都道府県は、事業主その他の関係者の自主的な努力を尊重しつつ、その実情に応じて必要な援助等を行うことにより事業主その他の関係者の行う職業訓練及び職業能力検定の振興並びにこれらの内容の充実並びに労働者が自ら職業に関する教育訓練又は職業能力検定を受ける機会を確保するために事業主の行う援助その他労働者が職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上を図ることを容易にするために事業主の講ずる措置等の奨励に努めるとともに、職業を転換しようとする労働者その他職業能力の開発及び向上について特に援助を必要とする者に対する職業訓練の実施、事業主、事業主の団体等により行われる職業訓練の状況等にかんがみ必要とされる職業訓練の実施、労働者が職業生活設計に即して自発的な職業能力の開発及び向上を図ることを容易にするための援助、技能検定の円滑な実施等に努めなければならない。

と規定しています。

 この規定には職業訓練にあたり障害者を差別したらダメだということは書かれていないわけですが、原告は、障害法制(憲法、障害者権利条約、障害者基本法、障害者差別解消法)との関係で差別禁止は規範となっていたといえるのだから、これに反する評価・決定は国家賠償法上違法になると主張しました。

 本件ではこうした立論の当否が問題になりました。

 裁判所は、障害法制と国家賠償法上の違法性要件との関係について、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

障害者基本法は、障害者に対して、障害を理由として差別することを禁止しており(平成16年改正法3条3項)、障害に基づくあらゆる差別を禁止する旨の障害者権利条約も平成26年2月には国内的効力を発していること等に鑑みれば、本件不合格の当時、障害者に対する障害を理由とする差別の禁止は、国家賠償法上の違法性を基礎付けるだけの規範的意義を有していたものと解するべきである。
「そして、上記障害者基本法の文理等からすれば、ここにいう『差別』については、不利益取扱い一般を指すものと解され、また、障害を『理由として』の行為かどうかについては、少なくとも、障害ないしこれに随伴する症状、特性等が存在せず、又は不利益取扱いの行為者がこれらを認識していなかったとすれば、不利益な取扱いが行われていなかったであろうという関係が認められる場合には、これに当たるものと解するのが相当である。
「もっとも、障害そのものや障害特性等を理由とする不利益取扱いの場合であっても、例えば、視覚障害者について、視力が不足することにより、自動車運転免許の付与を拒絶する場合のように、これが合理的なものであれば、国家賠償法上違法とはいえないから、障害を理由とする不利益取扱いが国家賠償法上違法といえるためには、これが不合理なものであることを要するというべきである。

3.職務行為が「〇〇基本法」により拘束される

 裁判所は国家賠償法上の違法性判断にあたり、障害法制が規範的意義を有していることを正面から認めました。結論としても、不合格処分に違法性を認め、国に対して慰謝料の支払いを命じています。

 これは非常に画期的なことだと思います。今回問題になったのは、障害法制ですが、本邦にはたくさんの「〇〇基本法」が存在します。こうした基本法上の価値が国家賠償請求事件における違法性判断に影響を与えるとすると、国家賠償請求訴訟における違法性を論証するためのツールが、かなりの広がりを持つことになります。そのような意味において、本件は、各種基本法で否定されている「〇〇差別」に苦しんでいる人が、問題提起を行っていくことを、力強く後押しする裁判例として位置付けられます。

 この裁判例は、障害を「理由として」いるのかどうかの認定手法、障害を理由とする不利益取扱いの合理性判断の手法でも示唆に富んだ判示をしています。これらの判示事項は、また別の日に紹介したいと思います。