弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不適切な言動と違法な言動の境界、セクハラほかハラスメントの慰謝料

1.不適切な言動と違法な言動

 ハラスメントに関する事件を取り扱っていると、不適切ではあるけれども違法とまではいえないという論法で、損害賠償請求を棄却されることがあります。

 裁判所は、不適切な言動のうち、悪性が強いものを違法な言動として理解し、損害賠償請求の可否を判断しています。言い換えると、不適切ではあるものの、法的責任を発生させるには足りないというグレーゾーンが存在するということです。このグレーゾーンの存在は、損害賠償請求の可否の予測を困難にする一因となっています。

 また、ハラスメントに関しては、専門家でも相場観を掴むのが難しいです。全体的な傾向として金額が伸びにくいという印象はあるものの、稀にかなり高額の慰謝料が認定されている事案もあり、それが見通しを示すことを困難にしています。

 ハラスメントでの慰謝料請求が可能か、可能である場合にどれくらいの金額が認容されそうかを、ある程度の確度で予想するためには、判例集に掲載されている事案を都度分析・検討する中で、直観を磨いて行くよりほかなさそうに思います。

 近時公刊された判例集に、不適切な言動と違法な言動との境界線や、慰謝料額の水準を知るうえで参考になる判例が掲載されていました。

 徳島地判平31.3.18労働判例ジャーナル88-28藍住町事件です。

2 藍住町事件の概要、問題となった事実

 本件は、町の女性職員が、

〔1〕上司であった被告bから、就労中に「わがまま障害者」であると言われたり、職場の歓送迎会の席で汚れたおしぼりを投げつけられたりなどした、

〔2〕被告町の職員である被告cから、食事会の席で、「チューしてええか」など言われたり、胸や背中などを触られるといったセクシャル・ハラスメントを受けた、

としてb、c、町を訴えた事件です。

 原告となった女性職員は、問題の言動を受けた当時、被告町の廃棄物中間処理施設である藍住西クリーンステーション(以下「西クリーンステーション」という。)で勤務していました。左下肢機能障害により、4級の身体障害者に認定されている方です。

 bは西クリーンステーションの所長です。

 cは被告町の住民課課長でした。

 原告が問題にしたb、cの行為のうち、裁判所が認定した事実は次のとおりです。

(本件発言)

「平成28年6月頃、原告は、西クリーンステーション1階倉庫で、同僚であるqと障害者手当の申請について話をしていた際、原告の斜め後ろにいた被告bから、『e(原告aの旧姓 括弧内筆者)ちゃんや、見た目に分からん、軽いのに、無理言うて書いてもろとるわがまま障害者でえなあ』と言われた。」
「被告bは、上記発言を、日頃自己本位な振る舞いをすることがあると感じていた原告を諫める趣旨で、原告も軽く受け流すと思って冗談半分に言ったのであるが、これを聞いた原告は、怒り、被告bに自分の障害の状況を説明するとともに『わがまま障害者』などと言われたくないと強く抗議した。」

(生理休暇の申請・取得に係る注意)

「被告bは、原告が、事務所で息子が住む大阪に行くような話をしたのと相前後して、生理休暇を申請していることに気づき、原告が生理休暇の日に大阪に行くものと考え、食堂に呼んで、生理休暇の日に大阪に行くことはだめである旨注意した。また、平成29年2月上旬頃の人事評価の面談の際、被告bは、原告に対し、生理休暇は生理日に申請するように、生理休暇を適正に取得するようにという内容の注意を行った。」

(懇親会でのおしぼりの投擲)

「平成28年6月頃、西クリーンステーションの懇親会が開催された。」
「この懇親会の席で、被告bは、ビールを注文しようと思ったが、店内がざわついていたため、店員に近い所にいた原告にビールを注文してもらおうと考え、偶々近くにあった使用したおしぼりを原告に向かって投げた。被告bの投げたおしぼりは、原告の背中に当たって原告の右横に落ち、原告が被告bの方を見たので、被告bが、原告に対し、ビールが入っていたグラスをゆらゆらと揺らすようなしぐさをしたところ、これを見た原告は、ビールを頼めということだと判断し、店員にビールの注文をした」

(食事会でのセクハラ行為)

「平成29年3月3日午後6時頃、j、i、被告c及び原告は、『ふる川』という店で食事会を行った。・・・被告cは,原告が横に座ると、原告に対し『チューしてええか』『今日やらんか』などと言ったり、j及びiに対して『今日かんまんか』『aさん(原告 括弧内筆者)かんまんか』などと言ったりするとともに、原告の腕や手、肩、背中、胸などを触り続け、1時間くらいはこのような状態がしばらく続いた。」
「本件食事会が終わったあと、j、i、被告c及び原告は、被告cの提案で、2次会として『タンポポ』という店に行った。店では、カウンターの奥から、j、被告c、原告、iの順に横に並んで座り、原告が誘って、被告cと一緒に、カラオケでロンリー・チャップリンの曲を歌ったりした。」

※「かんまん」というのは徳島の方言で「かまわない」という意味であるようです。

  https://hougen-japan.com/shikoku/

3.裁判所の評価

 裁判所は上記の各事実に対し、次のような法的評価をしました。

(本件発言-違法)

「被告bは、平成28年6月頃、職務中に、原告に対し「eちゃんや、見た目に分からん、軽いのに、無理言うて書いてもろとるわがまま障害者でえなあ」という趣旨の発言を行っているところ(前記認定事実(1)ウ)、上記発言は、原告の障害についての理解を欠き、障害を理由に原告の人格をいたずらに中傷するものであるといえる。そして、被告bは、上記発言を冗談半分で行ったものであり(前記認定事実(1)ウ)、そのような発言をする必要性や相当性があったとは認められない。
「したがって、被告bの上記発言は、国家賠償法上違法なものであるといわざるをえない。」

(生理休暇の申請・取得に係る注意-不適切であるが違法ではない)

「原告の生理休暇の申請・取得に対する被告bの注意の内容等は、前記認定事実(1)エのとおりであり、原告に事情を確認することなく、職場内の噂などから、安易に原告が生理休暇を取得して大阪に行こうとしていると判断し、原告に生理休暇の申請・取得について注意をしたことは、適切なものであったとは言い難いものの、その内容、程度は、一般的なものに留まっており、不合理・不相当なものであるとまでいえない。そして、現に原告が生理休暇を取得できなかったことはない(被告b・5頁)ことをも併せ考慮すれば、被告bによる注意が違法なものであったとはいえない。

(懇親会でのおしぼりの投擲-不適切であるが金銭賠償義務は生じない)

 「たとえ、店内が騒がしかったとしても,部下に対し,使用したおしぼりを放り投げてその身体に当てることにより、自己に注意を向けさせようとする行為は、上司として著しく不適切な行為であったといわざるをえない。しかし、被告bは、ビールを注文してもらうために、店員の近くにいた原告に対し、偶々手近にあったおしぼりを放り投げたにすぎず(前記認定事実(1)オ)、原告におしぼりを放り投げたのはこのときだけであること(被告b・3頁)をも考慮すれば、被告bにおいて、殊更に原告に対する嫌がらせ等の目的があったとまでは認められない。そして、おしぼりが原告の身体に当たった時の強度などは不明であることや、上記の懇親会から2年以上も経過した本件処分の調査の時まで、原告が上記の被告bの行為を問題としたことがあったとは証拠上認められないこと(乙B20、弁論の全趣旨)からすれば、被告bの上記行為は、同人をして不法行為による金銭賠償義務を負わせなければならないほどの精神的苦痛を原告に生じさせるものとまでは認められない。

(食事会でのセクハラ行為-違法、デュエットは機嫌を損ねるのを畏れたため)

「本件食事会における被告cの原告に対する言動は、前記認定事実(2)アのとおりであり、その内容は、原告に性交渉を求めるなど明らかに性的意図に基づくものである。そして、この被告cの言動に対し、原告は、直接止めるようには言わず(原告・39頁)、また、2次会では、自ら誘って被告cとカラオケでロンリー・チャップリンをデュエットしている(前記認定事実(2)イ)が、これは、被告cが、本件食事会の出席者の中の最年長者であり、また、被告町の課長という現場のトップの地位にあり(証人j・8頁、証人i・9頁)、原告やiより役職が上であることから、被告cの機嫌を損ねることを畏れたためであると考えられ、同席していたjやiも原告が被告cの『ふる川』での上記言動を嫌がっていたと感じていたこと(証人j・16頁、証人i・16頁)からすれば、原告が上記被告の言動を不快と感じていたと認められる。
「以上によれば、被告cの上記言動は、原告に対するセクシャル・ハラスメントとして違法なものといえるから、被告cは、原告に対し、損害賠償義務を負う。」

 4.裁判所が認めた慰謝料額

 以上の評価を前提とし、裁判所は次のとおりの慰謝料を認定しました。

(本件発言-10万円)

「被告bの原告に対する『わがまま障害者』等の発言は、原告に精神的苦痛を与えるものであるところ、被告bの上記発言の内容や、被告bが上記発言後に原告からの抗議を受けて謝罪していること等一切の事情に鑑みれば、これを慰謝するための金銭としては10万円が相当である。」

(ただし、言動に職務関連性があったことから、国家賠償法の解釈の問題で、個人責任は否定され、責任の主体は町のみ)

(食事会でのセクハラ行為-100万円

「前記認定のとおり、被告cは、本件食事会において、原告に対し『チューしてええか』『今日やらんか』などの発言をしたほか、j及びiに対しても『aさんかんまんか』などと発言をするとともに、原告の腕や手、肩、背中、胸を触るなどの行為を1時間余りの間、繰り返し行ったものである。そして、原告は、本件食事会の3日後の平成29年3月6日にうつ病と診断されており(甲2の1)、被告cの言動により原告が被った精神的苦痛は著しいものといえるから、これを慰謝するための金銭としては100万円が相当である。」

(公務員ではあるものの、職務関連性が認められないことからcの個人責任を肯定)

5.加害者は不適切なことをしたら直ちに謝罪を、被害者は無理をしないで病院で受診を

 この判例は、不適切な言動と違法な言動の境界線を知るだけではなく、加害者になった場合、被害者になった場合のとるべき行動についての示唆を与えてもくれます。

 加害者になってしまったら、とにかく速やかに、真摯に謝ることです。

 これは訴訟事件化のリスクを減らすことにも繋がりますし、違法性が認定されても判決が指摘しているとおり、慰謝料を減少させる理由になります。

 被害者になったら無理せず病院を受診することです。

 cとの関係での慰謝料額が三桁に上ったのは、セクハラ行為の酷さもさることながら、鬱病に罹患したことも影響しています。

 無理して頑張るよりも、医療機関を受診した方が、心のケアにも後に法的手続をとるうえでの対策としても効果があります。

 また、セクハラ行為を受けている時に調子を合わせていたとしても、そのことは不法行為の成立を妨げる事情にはなっていませんし、慰謝料の減額事由としても指摘されていません。そのため、機嫌を損ねることを怖れてその場では調子を合わせていたとしても、そのことを理由に法的措置を躊躇う必要はないと思います。

 ハラスメントに関しては、損得の問題ではないという思いを抱えている方も多いのではないかと思います。

 法的措置をお考えの方は、一度ご相談頂ければと思います。