弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

吉本興業は下請法違反?

1.吉本興業は下請法違反?

 ネット上に、

「吉本興業は下請法違反? ギャラの認識で芸人と食い違い、書面のやりとりもなし」

という記事が掲載されていました。

https://www.bengo4.com/c_5/n_9922/

 記事は、

「仮に下請法の適用対象となる場合、ギャラについて、書面でのやりとりがないと下請法違反になるのか。」

という問題を設定しています。

 これに対し、回答者となっている弁護士の方は、

「結論からいうと、今回、下請法3条に違反するかどうかは、ただちには判断できません。番組を放映する放送局などと吉本興業との間の契約の種類や性質にもよるでしょう。」

「例えば、放送局から吉本興業が番組制作という役務を請け負って、その部分を芸人に委託して下請けに出した、というならば、下請法の適用もありえます。つまり、吉本興業が、番組制作会社、番組制作プロダクションと呼ばれるような法的な地位にある場合です。もちろん、下請法が定める他の要件、例えば親事業者としての資本金の額などの基準を満たした場合の話ですが。」

と回答しています。

 しかし、下線を引いた部分に関しては、少し疑問に思っています。「芸人に委託して下請けに出した」という文言が、「芸人に番組への出演を依頼した」という意味であれば、本当に下請法の対象になるのだろうかと思います。

2.吉本興業が番組制作を請け負った場合に、芸人を出演させることは役務提供委託に該当するのか?

 下請法の適用対象となる「役務提供委託」は、

「事業者が業として行う提供の目的たる役務の提供の行為の全部又は一部を他の事業者に委託すること・・・をいう」

と定義されています(下請法2条4項)。

 本件で問題になり得るとすれば、「業として」要件ではないかと思います。

 平成28年12月14日公正取引委員会事務総長通達第15号「下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準」では、

「『業として』とは、事業者が、ある行為を反復継続的に行っており、社会通念上、事業の遂行とみることができる場合を指す(修理委託、情報成果物作成委託及び役務提供委託においても同様である。)」

と理解されています。

https://www.jftc.go.jp/shitauke/legislation/unyou.html

 この「業として」要件は役務提供契約でしばしば問題になります。

 白石忠志ほか編著『論点体系 独占禁止法』〔第一法規、初版、平26〕の下請法についての解説部分674-675頁には以下のような記述があります。

「事業者がそもそも当該事業・・・を行う能力を有していない場合であれば、通常は、『事業の遂行』を行うことができないので『業として』行っていることにはならず、下請法の適用は受けないということになる。」

「『業として』で問題となりやすいのは、役務提供委託の場合である。すなわち、役務提供委託の自家使用が下請法の対象とならないため、『業として』行っているか否かが問題となる。・・・一般の企業の法務部が弁護士事務所に法律業務を委託する際、下請法の適用がないのは、当該企業が他社に『業として』法律事務を提供していないからである。」

 また、自家使用との関係で、公正取引委員会と中小企業庁が連名で発行している下請取引適正化推進講習会テキストは、

「医療法人が、人間ドック、健康診断等の受診者からの依頼を受けて行う検査の場合、その検査結果の解析を外部に委託することは役務提供委託に該当する。一方、医療機関を受診した患者の治療行為の参考とするために行われる検査は、医療法人が自ら用いる役務であるので、当該検査結果の解析を外部に委託することは役務提供委託に該当しない。

との解釈を示しています(23頁 Q21参照)。

https://www.jftc.go.jp/shitauke/sitauke_qa.html

https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/H30textbook.pdf

3.番組制作と出演との関係性をどう評価するか?

 推測を含みますが、吉本興業には番組制作を行う能力はあっても、個々の従業員が番組に出演して芸事を披歴する能力を持っているわけではないのではないかと思います。

 吉本興業が業務としてやっているのは番組の制作であり、番組への出演とは異なるのではないかとも思います。

 吉本興業は飽くまでも自分の制作する番組を完成させるために芸人さんの芸事を活用しているのであって、役務提供委託との関係では下請法の対象外となる自家使用に該当する可能性があるのではないかという疑問があります。

 自家使用の一類型として位置づけられている医療法人が自分で受注した患者からの診療依頼に応えるため検査結果の解析を外部に委託することと、吉本興業が自分で受注した番組制作を完遂するために出演を芸人さんに委託することとの間に、果たして質的な差を見出すことができるのだろうかと思います。

4.吉本興業の「タレントマネジメント」業務との関係ではどうか?

 吉本興業はコンテンツビジネスやタレントマネジメント業務をしているようです。

https://www.yoshimoto.co.jp/corp/guide/

 下請法の適用との関係では、この「タレントマネジメント」契約をどのように理解するのかも検討する必要があると思います。

 これも推測を含みますが、吉本興業と芸人さんとの間の契約は、芸人さんが自分の芸能活動のマネジメント(依頼人との交渉や契約締結、スケジュール管理など)を吉本興業に委託していると理解されるのではないかと思われます。

 個々の芸人さんと吉本興業とでは圧倒的に後者の方に力があるため、あたかも吉本興業が個々の芸人さんに仕事を発注しているように見える節はありますが、法形式的にはその逆で、吉本興業が圧倒的な営業力で芸人さんのマネージャーないし代理人として仕事をとってきて、芸人さんに報酬を請求しているのではないかと思います。

 そうなると、タレントマネジメント契約の委託者になるのはむしろ芸人さんの方で、下請法の適用場面ではなさそうな気がしてきます。

5.下請法というよりも独占禁止法の優越的地位の濫用の問題ではないか?

 吉本興業と芸人さんとの関係が下請法で規律されるかどうかは、かなり難しい法解釈上の論点を含んでいるのではないかと思います。

 報道レベルでしか事実を知らないため、印象論の域に留まりはしますが、個人的には下請法の適用は困難で、独占禁止法上の優越的地位の濫用の問題として議論される問題であるのではないかと考えています。