弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働法に部分的適用の可能性はないのだろうか-「雇用契約類似の非典型契約」の持つ可能性

1.「雇用契約類似の非典型契約」の概念

 「雇用契約類似の非典型契約」という概念に言及した裁判例が、2019年10月号の判例タイムズに掲載されています。

 東京地判平30.1.26判例タイムズ1463-190です。

 この事案の原告は諸種設備工事の下請作業等を行う有限会社です。

 被告になったのは、太陽光発電システムの開発、施工、販売等を目的とする株式会社です。

 原告と被告との間には、

「軽井沢町追分の太陽光発電設備設置工事一式・・・につき504万円」

「軽井沢町大字発地字箕輪の貸与公発電設備工事一式・・・につき352万8000円」

という記載のある注文請書が交わされていました。

 注文請書の取り交わしに先立っては、「協力工事請負基本契約書」が作成されていて、これに添付されていた「協力工事請負約款」の「特記事項」に次のような記載がなされていました。

「基本は、請負契約である。」

「二箇所は、勉強の意味で赤字になる場合があるかも分からないから、保証給、40万円は一か月の仕事25日出勤及び作業をしたとして、保証をするものであり、一週間では、出ない一日日給保証として、1万6000円の計算とする。」

「軽井沢追分 工事請負代金 合計504万

内訳、保証給40万 経費20万 丁木氏23万(電話代金5千円)

・・・(以下略)・・・」

 契約関係は被告の解除により途中終了しましたが、原告は、

「原告と被告との間のけいやく は、実質的には原告代表者を雇用しようとする契約で、労務に従事すれば、仕事の完成を要することなく、報酬を請求できる」

と主張し、月40万円の割合での報酬の支払いを求めました。

 これに対し、被告は、

「原告と被告との間の契約は請負であるから、原告代表者が労務に従事しても、仕事を完成させなければ、原則として報酬を請求することはできない」

と主張しました。

 この事案で裁判所が言及したのが「雇用契約類似の非典型契約」です。

 裁判所は次のように判示し、1日1万6000円、月25日作業で月40万円の保証給の発生を認めました。

(裁判所の判断)

「被告との間の契約の当事者となった原告は会社であり(争いがない。)、民法の雇用に関する規定、労働基準法、労働契約法等でいう『労働者』は自然人であることを要すると解されるから(民法623条、624条、労働基準法9条、労働契約法2条1項参照)、原告と被告との間の契約は、雇用契約ではなく、民法の雇用に関する規定、労働基準法及び労働契約法の直接の適用対象となるものではない。もっとも、私人は強行法規や公序良俗に反しない限り、契約の態様及び内容を自由に合意することができるから(民法90条、91条参照)、会社の代表者が、その会社を代表して、自らを労働に従事させることを約し、相手方がこれに対してその報酬をその会社に与えることを約する雇用契約類似の非典型契約を成立させる余地もあるから、結局のところ、本件では、原告と被告との間で、その契約上の権利義務関係(報酬の対象となる契約履行行為の内容、性質、報酬支払義務の発生要件等)がどのように合意されているのか(特に報酬の対価関係に立つ給付が労務提供又は一定の事務処理であるのか、何らかの仕事の完成であるのか)、具体的な事情に基づいて認定するほかない。」

「・・・これらの事実を総合すると、原告と被告は、広く原告代表者が被告の指揮監督に一般的に服して、労務を提供すること、その報酬として被告が少なくとも1日1万6000円(月25日作業で月40万円)の保証給を支払うこと、軽井沢△△工事及び軽井沢□□工事に限定することなく、各工事に必要となる経費を被告が負担することを合意していたと推認することが相当である。」

(仮払金と報酬等の債権との相殺の可否に関連して)

原告と被告との契約は労働基準法が適用される労働契約ではないから(前記1(1))、賃金全額払いの原則(労働基準法24条1項本文)による相殺制限は及ばない。

2.雇用類似の働き方への法的保護

 雇用類似の働き方をしている人への法的保護の在り方に対する一般的な考え方は次のとおりだと思います。

 法形式的には業務委託、請負といった形がとられていていも、労働者性が認められる方に対しては、労働法を適用することによって法的保護を図る。

 労働者性が認められない場合、優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号)、下請法といった経済法・競争法の適用により交渉力格差等の是正・法的保護を図る。

 しかし、このような二者択一的なアプローチ方法が、果たして上手く機能するのかには疑問があります。

 建前上は保護されることになってはいても、優越的地位の濫用を根拠に民事訴訟で勝ち切るのは極めて困難であり、労働者性の議論で負けてしまった場合、司法的な救済を受けることは難しいのが実情だと思います。

 しかし、「雇用契約類似の非典型契約」なる概念を認め、これに対して、労働法を条文毎に類推したり準用したりすることの可否を検討するといったアプローチが許容されるのであれば、雇用類似の働き方をする人に対する救済法理は飛躍的に拡大する可能性があるのではないかと思います。

3.コンビニオーナーの保護等で活用できないだろうか

 2019年9月15日発行の労働判例に、セブンーイレブン・ジャパン(共同加盟店主)事件という裁判例が掲載されていました(東京地裁平30.11.21労働判例1204-83)。

 この事件で原告になったのは、

「コンビニエンス・ストアの経営等を目的とするC企画有限会社・・・の代表取締役」

の方です。

 被告になったのは、

「『セブンーイレブン・システム」と称するコンビニエンス・ストアのフランチャイズ・チェーンの運営等をしている株式会社」

です。

 原告は、

「原告の被告に対する労務提供の実態からすると、原告は労働基準法第9条の『労働者』及び労働契約法第2条第1項の『労働者』にも関わらず、被告は、原告に対して、賃金の支払いを怠る・・・といった不法行為を行ったなどと主張して」

未払賃金相当額及び慰謝料等の損害金の支払などを求め、被告を提訴しました。

 コンビニオーナーの労働基準法上の労働者性を論証することは、現在の裁判所の考え方に照らし合わせると、極めて困難ではないかと思います。

 この事件の裁判所も、

「原告が労働者に該当すると認めることはできない。」

と労働者性については消極的な判断をしています。

 しかし、だからといって、労働法上の保護を一切剥ぎ取っていいかは疑問であり、伝統的な労働者の枠組みにはあてはまらないにしても、

「雇用契約類似の非典型契約」

という概念を媒介にしたうえで、

「労働者ではないにしても、労働者との類似性から、解雇権濫用法理(労働契約法16条)、安全配慮義務(労働契約法5条)といった条文の類推適用は認められて然るべきではないか。」

という議論を展開する余地はあったかも知れません。

4.どこまで通用するかは分からないが・・・

 判例タイムズ掲載の裁判例は「雇用契約類似の非典型契約だからこうなる」といった判断を示しているわけではありませんし、月40万円の保証給の発生は「雇用契約類似の非典型契約」の概念を媒介にしなくても、契約解釈の問題として導くことが可能な結論ではないかと思います。

 そうしたことからも、「雇用契約類似の非典型契約」なる概念の持つ実務的な可能性に関しては、もっと精緻な検討が必要ですが、機会があれば裁判所で通用するか、試してみたいと思います。