弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

余計なお世話? 育児の負担に配慮するとの名目で、急な休みを取りやすい部署に配置転換することは許されるのか

1.育休後、急な休みを取りやすい部署での復職を勧められた

 ネット上に、

「復職時の『職場変更』は断れる?」

との記事が掲載されていました。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190619-00000003-mynavin-life

 記事には、

「Q.同僚が育児休暇後の職場復帰をする予定ですが、休職前の部署は時間の融通が利きにくいので、育児による急な休みを取りやすい部署での復職を勧められ悩んでいます。断る権利はあるのでしょうか? (52歳女性)」

という質問が掲載されています。

 回答者となっている弁護士は、

「本件では、業務上の必要性があまりなく、主として育児を理由とする配転命令であり、配転により労働者が通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を被るのであれば、会社に配転命令権があったとしても、配転命令権の濫用といえる可能性があります。」

「ただ、一方で、会社は、仕事と生活の調和への配慮をすべきとされており、これに配慮した配転命令とも考えられます。

とコメントしています。

2.ワークライフバランスへの配慮は配転命令の理由になるのか?

 回答をしている弁護士が、どのような趣旨で

「会社は、仕事と生活の調和への配慮をすべきとされており、これに配慮した配転命令とも考えられます。」

とコメントしているのかは記事からは良く分かりません。

 しかし、ワークライフバランスに配慮することが、原職復帰を望む労働者への配転命令を正当化する理由になるという趣旨で指摘しているのだとしたら、本当かな? と思います。

3.根拠

(1)行政解釈

 記事でも言及されている

「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針(平成21年厚生労働省告示第509号)」

の第2-7には下記の規定があります。

(指針引用)

(1)育児休業及び介護休業後においては、原則として原職又は原職相当職に復帰させるよう配慮すること。

(2)育児休業又は介護休業をする労働者以外の労働者についての配置その他の雇用管理は、(1)の点を前提にして行われる必要があることに配慮すること。

(引用ここまで)

 第2-7の措置を講じることが努力義務であることは否定しません。

 しかし、幾ら努力義務だと言っても、原職復帰を希望する労働者を他部署に配置転換することは指針(1)に真っ向から反することになります。

 また、使用者には育休取得者が原職復帰することを折り込んだうえで余裕のある従業員の配置・雇用管理をすることが求められています。指針(2)は、ワークライフバランスを、育休取得者の配置転換ではなく、育休取得者以外の労働者の配置や雇用管理を工夫することで実現されるべきものと捉えているのではないかと思います。ワークライフバランスを育休取得者の復職にあたっての配置転換の根拠にすることには、指針(2)との関係でも疑義があります。

(2)参考裁判例

 育休の場面とは異なりますが、労働者への転居命令の効力が争われた事案があります(東京地判平30.6.8労働判例ジャーナル82-58 ハンターダグラスジャパン事件)。

 この事件で原告となった方は、東京都板橋区在住で、電車とバスを乗り継いで新高浜駅(バス停 茨城県所在)にある工場まで通勤していました(乗車時間2時間45分程度)。

 遠距離通勤が約1年続いた後、会社は、原告に対し、工場の近くに単身で転居するよう命令しました(本件転居命令)。裁判で争われたのは、こうした転居命令が適法・有効なものなのかです。

 会社側は本件転居命令を出した理由として、

「長時間通勤は、本人の健康不安のみならず、疲労や睡眠不足による工場内事故の危険、通勤途中の事故や交通遅延の可能性の増大、残業を頼みにくい不都合等もあり、被告は原告の長時間通勤を長期間放置することはできないから、本件転居命令には被告の業務上の必要性がある。とりわけ、原告の往復通勤時間は6時間に及ぶが、これは雇用保険上特定理由離職者(往復通勤時間が4時間以上)に該当するし、社宅(職場まで片道40分)からの通勤と比べて、毎月93時間20分程度多い時間を通勤時間として原告に負担させていることが労働災害を生じさせかねず、労働契約法及び労働安全衛生法上、被告は放置することはできない。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、

「単身赴任による負担と長時間通勤の負担とを比較すると、一概に後者の負担が重いとも断じ難いし、企業の安全配慮義務の観点からも、原告に被告が赴任手当等の金銭的負担(就業規則や旅費規程に則った合理的なもの)の上で転居する機会を与えているのだから、安全配慮義務を一定程度果たしているといえ、それを超えて転居を命令する義務があるとまではいえない。

と被告の主張を排斥し、

「本件転居命令は、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効である。」

と判示しました。

 要するに、企業側の安全配慮義務は、長時間通勤の負担を免れるための方途として転居という選択が有り得ることを提示すれば果たされるのであり、労働者側に負担軽減を押し付けることは転居命令を正当化する根拠にはならないということだと思われます。

 この判例の趣旨を類推すると、仮に、原職復帰によって、ある程度ワークライフバランスが制限されるとしても、それでも構わないと原職復帰を希望する労働者に対し、ワークライフバランスに配慮する必要があるからという理由で配置転換を命じることは許容されないのではないかと思われます。

4.余計なお世話を押し付けられたら

 指針の趣旨からすれば、原職復帰によってワークライフバランスが害されてしまうこと自体、問題だと思います。

 しかし、仮に、ワークライフバランスに一定の負荷がかかるとしても、それでも構わないという労働者に、ワークライフバランスを押し付けることの適法性には疑義があります。

 近時、話題に上ることが多いように思われますが、育休取得後に不本意な復職を打診されて困っている方は、弁護士に相談してみると良いかも知れません。