弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

一方的な賃金の改定(減額)は、そう簡単には認められない

1.賃金減額の有効性が否定された事例

 従業員に対する賃金の減額改定の効力が否定された事例が、判例集に掲載されていました(東京地判平30.12.26労働判例ジャーナル87-89 ピーエーピースタジオトリア事件)。

 被告になったのは、

「グラフィックデザイン及びディスプレイデザインの企画及び制作を主たる目的とする会社」

です。

 原告になったのは、正社員として被告に中途採用された方です。

 被告は二度にわたって原告の賃金を減額改定した後、

「貴殿の社内外における業務遂行に関して、調整能力、クオリティ(完成度)、協調性等に疑問があり(プロジェクトマネージメント能力の欠如,他者への責任転嫁等)、貴殿のこれまでの言動に照らし、今後の向上ないし改善の見込みはないものと思料します。」

などと主張して、原告を解雇しました。

 本件では解雇の有効性のほか、2度に渡る賃金の減額措置の適法性も争われました。

2.裁判所の判断

(1)被告が賃金減額の根拠としたもの

 被告が賃金減額の根拠としたのは、雇用条件書に記載されていた、

「※毎年2月及び8月に賃金の見直しを行います。」

との文言でした。

 しかし、裁判所は次のように述べて、各賃金減額の有効性を否定しました。

(2)一度目の賃金減額の有効性について

「被告は、年2回各従業員に対し改定の理由を説明して納得してもらった上で給与額を増減しているもので、原告に対しても、アミューズメント事業の売上が上がっていないこと等の理由を説明して、納得を得た上で減額したものであるとし、本件給与減額1については、原告の同意があるものであって有効である旨主張する。」
「しかしながら、本件給与減額1の経緯は、前記認定事実(3)ア及びイのとおりであって、被告代表者は、平成28年1月31日の電話による原告への叱責の後、同意書等も取り付けることなく翌月から原告の給与額を減額したものであって、この間に、原告の真意に基づく給与減額に対する同意があったことをうかがわせる事情は認められない。
「したがって、本件給与減額1は無効というべきである。」

 なお、「前記認定事実(3)ア及びイ」には次の事実が記載されています。

「原告は、平成28年1月中旬頃、従前からコネクションのあったダイコク電機と被告代表者を引き合わせ、ダイコク電機代表者に被告代表者を紹介する際に、被告代表者より先に名刺を交付した。被告代表者は、この件に関し、同月31日、原告に対する電話で、被告代表者よりも先に名刺を交付したことを注意した。このとき、被告代表者は、原告の作業の進捗状況や、挨拶をしないなどの原告の問題点について言及したところ、原告は、自分に責任はなく、取引先、協力業者を含む周囲の者に問題があるという趣旨の発言をしたため、被告代表者はかかる原告発言に触発されて声を荒げ、原告については結果が伴っていないこと、どのように改善するのかという点について質問し、このままではディレクターとしての責任問題になる旨述べて、原告を叱責した。(被告代表者)」
「被告は、原告に対し、平成28年2月25日支給に係る同月分給与からその給与額を従前の月額55万円から月額49万5000円に減額した(本件給与減額1)。被告は、同給与減額に当たり、原告から同意書等を取り付けていない。」

(3)二度目の賃金減額の有効性について

「被告は、本件給与減額2について、給与額の改定は、査定に基づき年2回行っており、原告に対する本件給与減額2についても、売上等の実績や勤務態度その他一切の事情を考慮して決めたものである旨主張するが、そもそも、本件雇用契約に係る雇用条件書(甲1)上も、賃金規程(乙2)上も、労働者の同意なくして賃金を減額できることを基礎付ける根拠規定は存しない。この点、上記雇用条件書には「※毎年2月及び8月に賃金の見直しを行います。」との文言が存するものの、上記のとおり、賃金規程上も賃金減額に関する規定が全くないことも考慮すれば、上記文言は、あくまで労働者の同意を得た上で賃金の見直しを図ることを意味するものと解するのが自然であり、被告主張を基礎付けるものではないというべきである。」
「そして、本件給与減額2の経緯は、前記認定事実(3)カのとおりであり、団体交渉において自宅待機命令と併せてそれが通告されたものであって、原告がこれに真意をもって同意したことをうかがわせる的確な証拠は存しない。
「したがって、本件給与減額2も無効というべきである。」

 なお、「前記認定事実(3)カ」には次の事実が記載されています。

「本件組合は、平成28年8月23日、被告に対し、原告に対する退職勧奨を撤回し雇用を継続することなどを議題とする団体交渉を申入れ、同日、第1回の団体交渉が実施された。同団体交渉においては、被告から前記オのとおり原告の退職条件が改めて提案されたところ、本件組合は同月30日の団体交渉でこれに回答し、必要に応じ対案を示すことになった。」
「また、同団体交渉において、被告代表者は、原告に対し、給与を支給するので、職場に来ないよう述べて、自宅待機命令を発するとともに、原告の給与額を月額49万5000円から46万円に減額する旨通告した(本件給与減額2)。これにより、同月25日支給の給与から、その額は46万円となった。」

3.一方的な賃金の改定は、そう簡単には認められない

 この判決は、一方的な賃金の減額改定について、幾つかの示唆を与えてくれます。

 先ず、一方的に会社の代表者から叱責され、賃金の減額を言い渡されていたとしても、それだけで給与減額に対する同意が認定されるわけではありません。

 叱責され、その場で言い返すことができず、減額された給料を受領していた事実がある程度積み重なったとしても、事後的に争える余地は十分にあろうかと思います。

 次に、

「毎年2月及び8月に賃金の見直しを行います。」

との文言だけでは、一方的に賃金を減額する根拠として不十分だということが指摘できます。

 こうした文言が雇用契約書に記載されていたとしても、一方的な賃金減額を正当化する根拠規定が別に存在しない限り、労働者の同意なくして賃金を減額することはできません。

 三点目に、団体交渉の場において通告されただけで、同意したとみなされるわけではないということが指摘できます。相手が激高して何を言おうが、それで労働者の賃金が一方的に減額されてしまうようなことはありません。それが相手を怒らせることになったとしても、おかしいことをおかしいと指摘することを躊躇う必要はありません。

 明確な根拠規定もなく、一方的な通告だけで強引に賃金を減らすことは、基本的には許されません。1月あたりの減額幅が小さかったとしても、長期間累積すれば大きな金額になります。「こんなことが許されるのか?」と思ったら、一度、弁護士に相談してみることをお勧めします。