弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

配転命令にあたり、ワークライフバランスに配慮すべき義務

1.配転命令は、そう簡単には違法・無効にならない

 配転とは、

「従業員の配置の変更であって、職務内容または勤務地が相当の長期間にわたって変更されるもの」

をいいます。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/06/50.html

 近時も育休明けの配置転換が報道等で問題になりましたが、従業員の生活に与える影響の大きさから、トラブルになる例は決して少なくありません。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190912-00010122-bengocom-soci

 しかし、配転命令は、そう簡単には違法・無効になりません。

 それは、最高裁が、比較的緩やかに、配転命令の適法性を承認しているからです。

 最二小判昭61.7.14労働判例477-6東亜ペイント事件は、

「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」

と判示しています。

 噛み砕いていうと、配転命令が権利の濫用とされるのは、

① 業務上の必要性が存しない場合、

② 業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合、

の二つだけです。

 しかも、業務上の必要性は、

「労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは」

否定されません。

 このような意味での業務上の必要性が全く認められない事案は、それほど多くはありません。配転命令は何等かの業務上の必要性が認められる場合が通例であり、その多くが、②類型・特段の事情がない限り有効という、適法性の承認されやすい判断枠組みのもとで審査されています。

 結果、配転命令の効力を争う訴訟は、労働者側にとって勝ちにくい事件類型の一つとなっています。

 そうした状況のもと、目を引く裁判例が判例集に掲載されていました。

 東京高判平31.3.14労働判例1205-28 一般財団法人あんしん財団事件です。

 この裁判例は、配転の発令に対し、仕事と生活の調和に配慮すべきことを示唆しています。

2.一般財団法人あんしん財団事件

 この事件で被告になったのは、中小企業における特定保険業を行う一般財団法人です。

 原告になったのは、当該財団法人の職員の方、複数名です。

 原告らは、被告財団法人がした違法な配転命令により、精神的苦痛を受けたと主張して、慰謝料等を請求する訴訟を提起しました。

 結論として慰謝料請求は棄却されましたが、裁判所は次のとおり述べて、仕事と生活の調和に配慮しないまま発令された配転命令が慰謝料の発生原因となる余地を承認しました。

(裁判所の判断)

労働契約法は、労働契約の締結又は変更に当たり仕事と生活の調和にも配慮することを要求しており(労働契約法3条3項)、転居を伴う配置転換は労働者の社会生活に少なからず影響を及ぼすところ、認定事実(1の(6)のエ)によれば、一審被告が平成27年4月期に計画した人事異動は専ら営業成績の向上を意図したものであり、一審原告X1らに配偶者や子がないことを考慮したことのほかには、同一審原告らの社会生活、特に家庭の事情等に配慮した形跡はなく、自己申告書に介護を要する祖母がいる旨記載した一審原告X2についてすら、異動の可否について社会保険労務士に相談したというのみで(乙126)、本件配転内示に先立ち所属長(神奈川支局長)のGと協議するなどして介護の必要等に関する最新の情報を入手しようとしたことを認めるに足りる証拠もないなど、転居を伴う遠隔地への配置転換が一審原告X1らの社会生活に与える影響や仕事と生活の調和に配慮した様子はうかがわれず、同一審原告らが事実上配置転換を拒絶した後に改めて打診された配置転換案では、一審原告X1は神奈川支局、同X2は埼玉支局、同X3は栃木支局、同X4は旭川支所が各異動先とされていたこと(乙43)をも踏まえると、一審原告X1らにおいて、一審被告が異動先としてあえて遠隔地を選択したとの疑念を抱くことには相応の理由があるといわざるを得ない。」
「また、一審被告が、専ら自らの事情によって平成26年末に異動に関する自己申告書を提出させないまま、本件配転内示を行ったことについて、広域異動を伴う本件配転命令によって一審原告X1らに負わせる負担についてやや配慮に欠ける面があることは否定できない。
「前示のとおり、一審被告が平成27年4月の異動期に一審原告X1らを異動対象者としたことが直ちに不法行為に当たるとはいえないものの、同一審原告らが、あえて遠隔地を異動先に指定されたとの疑念を抱くことには相応の理由があり、本件配転命令によって一審原告X1らに負担を負わせることへの配慮にやや欠けることは前示のとおりであるから、このことが慰謝料請求権の発生原因となる余地を直ちに否定することはできない。
「そこで検討するに、・・・・」

3.仕事と生活の調和への配慮を欠く配転命令は、その効力を争える可能性がある

 以上のとおり、本判決は、従業員に遠隔地への配転を命じるにあたり、

「原告X1らの社会生活に与える影響や仕事と生活の調和に配慮」

することや、

「自己申告書を提出させる」

などの手続の履践を求めています。

 本判決の判示事項については、

① 配転命令の無効を導くうえでの違法性と、慰謝料の発生原因としての違法性には差があるのかどうか、

② 業務上の必要性が認められる限り「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせ」るものでなければ配置転換は無効にはならないとする東亜ペイント事件以来の判断枠組みに対し、ワークライフバランスの観点から何等かの変更を迫るものなのか、

など検討すべき点は多いと思います。

 しかし、配転にあたり、

「社会生活に与える影響や仕事と生活の調和に配慮」

すべきことを高等裁判所として明示した意義は大きいのではないかと思います。

 今後、配転の効力を争うにあたっては、単に不利益の著しさだけを強調するのではなく、従業員のワークライフバランスに適切な配慮・検討がなされた形跡があるのかどうかといった切り口からも、議論を展開することができるかも知れません。

 先に述べたとおり、配転の効力を争う訴訟は労働者側にとって勝訴が難しい紛争類型の一つですが、社会全体の問題意識の高まりに対応し、従来の緩やかに配転の効力を承認する判断枠組みには修正・変容が生じてもおかしくはありません。

 配転を命令され、私生活との調和の板挟みになっている方は、弁護士のもとに相談に行っても良いと思います。