1.チャットワークで同僚の悪口を言っていた社員達が訴えられた事件
機械器具の製造会社で働く社員達(P3、P4)がチャットワークで同僚の陰口を言っていたところ、その同僚から訴えられたという事件が公刊物に掲載されていました(大阪地判平30.12.20労働判例ジャーナル86-44 港製器工業事件)。
社員P3、P4は、
「原告が被告会社内の噂話などを知っておかないと気が済まない性格の人間であると認識していたため、そうした性格を指して『コシツ』というあだ名をつけて」
いました。
そのうえで、チャットワークで、
(P3)
「今日な、コシツ星人が朝からやばくてさ…昼もうっさかったやろ?まじ迷惑。昨日夫婦で無断で休んどいて何様って思うwどうでもいい話聞きたないからもめるなら個室に行け!コシツ星人だけに!!ぐっちちゃった」
(P4)
「コシツさんはほんま個室に閉じこもっててwガチで精神医療センター入ってほしいわー!笑」
「内線うっさすぎるし!!!!!バリうざー。」
「お花たくさん用意してあげるから、大人しくお花と会話しといてw」
などの書き込み(本件書き込み)を行いました。
これを偶々目にすることになった原告が、P3、P4らを訴えたという流れです。
2.被告らの言い分
被告となったP3、P4らは、
「書き込みの内容は、・・・他の従業員らが閲覧することは想定されていない」
「原告において・・・チャットの内容を確認すべき業務上の必要性はない」
「本件書き込みは、原告が執務時間中、日常的に他人の悪口や不平不満を述べていたことを背景としてなされたものであり、内容としても、悪口や陰口の域を超えるものではない。」
などと本件書き込みの違法性を争いました。
3.裁判所の判断(本件書き込みに違法性を認める)
裁判所は以下のように述べて、本件書き込みの違法性を認めました。
「本件書き込みは、原告に対して直接送信されたものでなかった上、・・・被告P3及び同P4以外の人物が両者間のチャットページを閲覧することは基本的に想定されていなかったといえる。」
「しかしながら、・・・社内において、チャットワークの画面を閲覧することができる者の範囲に限定が加えられていなかったことからすると、被告P3及び同P4と同じ職場で働く原告が、原告自身に手によるにせよ、他の同僚から見聞したことを契機とするにせよ、本件書き込みの内容を閲覧する一定の可能性があったというべきである。」
「かかる事情の下では、チャットワーク上への書き込みによって、個人の人格を傷つけることがないよう注意すべき義務があるというべきであり、それにもかかわらず、本件書き込みのように個人の人格を傷つける内容の表現を行うことは、過失による違法行為であるとの評価を免れない。」
その後、裁判所は、P3、P4に連帯して慰謝料5万円、弁護士費用1万円の合計6万円を支払うように命じました。
同僚間での陰口が裁判にまで発展することは、それほど多くはないのではないかと思います。しかし、本件のように訴訟事件にまで発展してしまうこともないわけではありません。勤務先は誰がみているか分からない空間でもありますので、揉め事に巻き込まれないためには、人を揶揄する言動を控えておくことが重要です。
4.会社までまとめて訴えられた
この件でもう一つ特徴的なのは、会社までまとめて訴えられたことです。
想像の範囲でしかありませんが、会社までまとめて訴えられたのは、会社の事後対応がまずかったからではないかと思います。
本件書き込みの後、被告会社は、
「原告に対して、『色んな所の弁護士に聞いたところによる見解』として、原告による本件書き込みの閲覧がプライバシー権侵害及び個人情報保護法違反であるとの見解を示した上で、始末書の提出を求め」
ました。
こうした措置をとったのは、
「インターネットの法律相談ページで、会社内のパソコンであっても、権限のない者が他人のメールを勝手に見ることはプライバシーの侵害になるとの内容を見た」
からであるようです。
その後、被告会社は、
「原告に対し始末書提出を求めることの当否を弁護士に相談した結果、原告に始末書提出を求めないこととし・・・、原告と面談して、始末書の提出命令を撤回し、代わりに顛末書の提出を求める旨を伝え」
ました。
更にその後、
「被告会社代表者は、原告に対し、顛末書の提出も任意でよいと伝え」
ました。
しかし、原告が会社を被告から除外することはありませんでした。
見ようと思えば誰でも見れたチャットワークと特定の人向けのメールとでは質的な相違があるだろうし、基本的には職場で人を中傷するような発言をした側に問題があるとすべきなのだと思います。
そうしたことは弁護士に相談すれば、分かることだったと思います。
しかし、会社は「インターネットの法律相談ページ」なるものに依拠して、被害者である原告にも非があるといった対応をとったため、被害者の法的責任の追及の矛先を自分に向けさせてしまいました。
途中で弁護士が介入して軌道修正を図った形跡がありますが、後の祭りで、会社もまとめて訴えるという原告の手続方針を変えさせるには至らなかったようです。
5.インターネットは参考程度に留め、きちんと弁護士に見解を聞くことが大切
結局、この件で会社に命じられたのは、P3、P4とともに連帯して6万円を支払うことだけです。始末書及び顛末書提出要求で違法性を認定されたり、職場環境配慮義務違反が認められたりしたわけではありません。
しかし、最初からきちんと被害を受けた社員に配慮した形でトラブルの解決に乗り出していれば、そもそも訴えられること自体、なかったかも知れません。
法律を具体的な事案にあてはめ、適切な形でトラブルを解決に導くのは、かなり専門性の高い判断になります。
具体的な問題に直面したら、インターネットに掲載されている一般論で代用することなく、きちんと弁護士に「個別具体的なこの事案についての見解」を聞いておくことが大切です。
紛争は解決コストよりも予防コストの方が大分安いのが一般で、結果的には、その方が安上がりであることが多いのではないかとも思います。