弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

個人情報の持ち出しと、それに相応しい懲戒処分

1.個人情報の持ち出しと懲戒処分

 個人情報の持ち出したことを理由に停職4か月の懲戒処分を受けた鳴門市の職員が、処分が不当・過大であるとして争った事件が公刊物に掲載されていました。

 徳島地判平31.1.30労働判例ジャーナル86-30 鳴門市・鳴門市教育委員会事件です。

2.問題の職員は何をしたのか

 本件では、二つの事実が懲戒処分の理由とされています。

 一つ目は、

「原告の部下であった前臨時職員(D)が、鳴門市女性子ども支援センター(ぱぁとなー)での相談記録及びノートパソコン等を外部へ持ち出したことが判明した。原告は、管理職として上記の前臨時職員(D)を指導する立場でありながら、非違行為を黙認した。」

という事実です。

 ここで名前が挙がっている「ぱぁとなー」というのは、

「平成22年4月1日に被告(鳴門市 括弧内筆者)人権推進課内に設置された、配偶者暴力相談支援センター、家庭児童相談室等の機能を兼ね備えた部署であり、相談員等を配置して支援事業、相談事業等を行っている」

組織です。

 原告は上記の事実を争いましたが、裁判所では

「部下職員が本件ノートパソコン等を外部へ持ち出したことを原告が黙認したという点を除き」

上記事実はあった(相談等の情報が記載された資料の持ち出しは黙認していた)と認められると判示しています。

 二つ目は、

「現在の職務とは関係のない鳴門市女性子ども支援センター(ぱぁとなー)での相談記録等をUSBを使って持ち出し、大麻給食センターの業務用パソコンに保存していた」

という事実です。

 こちらも原告から争われはしました。しかし、裁判所は、この事実に関しては、そのままの形で、あったと認められると判示しています。

3.停職4か月は重過ぎるか?

 この事件で、原告は、

「相談等情報が第三者に漏えいするという実害が発生しているものでもない、個人情報の不正利用の事案でもない。原告の処分としては、他の処分事例等に照らし、戒告処分程度が相当である。」

と停職4か月は重過ぎると主張しました。

 しかし、裁判所は、

被告に無断で持ち出された相談等情報は、DV等の被害者支援事業や相談事業を行うぱぁとなーにおいて扱われ、保管されていた被害者ないし相談者の氏名、住所、連絡先、相談内容、相談対応等であって、これらが当該被害者等に対する加害者、ストーカーに知られた場合、当該被害者等の生命・身体に対して危害が加えられるという具体的かつ切迫した危険を生じさせるものであり、極めて秘匿性の高い個人情報であるといえ、このような相談等情報が被告に無断で持ち出されるという事態は、被告内部の遵守事項であるポリシーに違反するというにとどまらず、被告に対する当該被害者等を含む市民からの信頼を大きく損ねるものであることは明らかであるから、このような相談等情報を、しかも大量に部下が無断で持ち出すのを黙認し、あるいは自らも無断で大量に持ち出したという原告の非違行為は、相談等情報の被告外部への漏えいの有無にかかわらず、厳しく追及されるべきものといわざるをえない。

持ち出された相談等情報が被告外部に漏えいしたとは認められないこと、停職処分が懲戒処分の中で免職処分に次いで重い処分であること・・・を踏まえても、原告に対する懲戒処分として停職処分を選択したうえで、その停職期間・・・を4か月とした本件処分が、不当ないし過大であるとはいえない。」

と判示し、停職4か月の懲戒処分をしたことに違法性はないと判示しました。

4.外部への漏洩のない個人情報の持ち出しに相応しい懲戒処分とは

 外部への漏洩を伴わない個人情報の持ち出しが発覚した時、どのような処分が適切なのかは会社にとって悩ましい問題の一つだと思います。実害が生じていないことに過敏になりすぎるのもどうかと思われる反面、漏洩がなければ良いと個人情報の持ち出しを軽視する風潮が出てしまっては困るところです。

 しかし、個人情報の持ち出しに対して相応しい懲戒処分がどういったものなのかに関しては、それほど明確な基準があるわけではありません。特に、被害を明確に把握しにくい外部流出を伴わない事案においては猶更です。

 本件で問題となったのは、DV等に関する相談記録という、これ以上ないくらいにセンシティブなものです。判決も指摘しているとおり、これが流出すれば、

「被害者等の生命・身体に対して危害が加えられるという具体的かつ切迫した危険」

が生じます。

 それでも停職4か月とされていることからすると、

外部流出の伴わないケースを想定した場合、これよりも重要性の低そうな情報の持ち出しに関して、懲戒免職までやるのはやりすぎだ

という基準が導けるかも知れません。

 誰がみても軽微な非違行為であれば戒告、誰がみても酷いことであれば免職・解雇というのはイメージしやすくても、その中間項に位置する問題について、何が適切な懲戒処分なのか・どの線を越えたら不適切な処分として争えるのかは、未解明な部分が大きいため、こうした問題には今後とも注目して行きたいと思っています。